KANKE GRAND 日光

 

 

CONCEPT

- 街・人・仕事 Community action -

 

 

 

 

地域性と共同性という二つの要件を中心に構成され、” 街・人・仕事 ” それぞれの相互性を強調する地域コミュニティ community 。
私たち一人ひとりは相互の生き方や働き方に配慮しつつ新たに生み出す地域創生や地域創造に向けた地域の活性化に積極的にかかわっています。
ゆえに私たち一人ひとりは活動をともにする地域コミュニティの持続可能な開発の担い手であり、私たち一人ひとりが中心となって地域を支え、地域の活性化を推し進めているのです。
本来 ” 街・人・仕事 ” には潜在的な可能性が備わっており、それを発揮することが期待される力の働きがあります。
これこそが ” 街・人・仕事 ” そのものとしての存在価値です。

顕在的な元気という活動のもととなる気力、いきいきとして活力が盛んなさま、活力という働き動くための力、活動力や生命力。
地域の振興を目指すだけにとどまらず、潜在的な可能性の発揮が期待される「 街の力・人の力・仕事の力 」とその働きによる ” 街・人・仕事 ” そのものの成長や向上を目指すべきではないでしょうか。
それは ” 街・人・仕事 ” それぞれの相互性にある切っ掛けにより気づき、振るい興すことにより変化をもたらせ、成し遂げる力がよりよくなることです。
何かをしようとするときの役立つ力として、 ” 街・人・仕事 ” に働きかけ影響を与え、新しい変化に向かい思い通りに動かすことができる勢いの力とその働きは「 街の心・人の心・仕事の心 」を動かす強い力です。
” 街・人・仕事 ” それぞれの相互性を強調する私たち一人ひとりの生き方や働き方のよりよくする目的を達成しようとするのを助ける力なのです。

私たち一人ひとりが意識の対象について持つ主観的な像として、具体的なものがないとしてもそれが心に残る印象。
あらゆる対象について頭の中で持っている何かに関するひとまとまりの意識の内容は物事に対する考えや物事に対して持つ考えを決して固定したものではなく、変化してやまないものです。
それらはきわめて多様性があり曖昧であるとされますが、私たち一人ひとりの重層的で柔軟な思考から生まれたものです。
たとえば自然と人間とは一体化して認識されるように排他的ではないといった特徴をもっているといったことがまさにそれを表しています。
したがって、” 街・人・仕事 ” それぞれの相互性を強調する私たち一人ひとりの生き方と働き方に対する考えやその意味の内容を限定して混乱を生じないように配慮する必要があります。
そこで伝達・通信・意思疎通などを意味するコミュニケーション communication という表現を日々大切にして私たち一人ひとりは交流を図り意思を伝え合うといった活動を示す意味合いで用いているのが実際です。

私たち一人ひとりの相互性が強調される「 街の心・人の心・仕事の心 」と「 街の力・人の力・仕事の力 」。
日常生活に密着した ” 街・人・仕事 ” は私たち一人ひとりに多くあり、何かを守る役目またはそれに準じる存在として、お互いに助け守り、お互いに守られ助けられています。
” 街・人・仕事 ” それぞれの相互性を強調する私たち一人ひとりは生き方や働き方をよりよくする目的を達成しようとするために払拭すべきものがあるからこそ、日々の「 街の心・人の心・仕事 の心 」に動かされ、お互いに力をもらい、お互いに力を与え、積極的に幸せをもたらし合っているのではないでしょうか。

知られていない、まだ皆誰もが知らない、「 知られざる ” 街・人・仕事 ” 」の潜在的な可能性とその存在価値。
潜在的な可能性の「 街の力・人の力・仕事の力 」は私たち一人ひとりの心の奥深くに根差している確信であって信念であり、躍動する「 街の心・人の心・仕事の心 」に存在しています。
” 街・人・仕事 ” においての内と外との関係に対する考えとして、互いに受け入れ、互いに受け入れられ、切っ掛けにより気づき、それを理解し認め合った状況ではポジティブな確信であって信念であるものが生まれます。
外に力を求めるのではなく、内に成し遂げる力を求めるのであり、潜在的な可能性の発揮が期待されるその力により ” 街・人・仕事 ” の成長や向上を目指し、現在と未来の差を縮める内なるものを動かす強い「 街の力・人の力・仕事の力 」を私たち一人ひとりが積極的に培い続けることです。

” 街・人・仕事 ” の実力は肯定感や効力感(可能感)ではなく、実質的な ” 街・人・仕事 ”  の成長と向上を目指した原動力ともなる気がかりと切っ掛けの気づき。
私たち一人ひとりはありのままの ” 街・人・仕事 ” の肯定する感覚を無理に高めて弊害をもたらすことのないようにしなければならないでしょう。
肯定感を高めなければならないとして様々な取り組みを行っても、その効力感(可能感)が高まる兆候はみられず、現在と未来の差は一向に縮まる気配が訪れません。
肯定感や効力感(可能感)は意識して高めるものではなく、「 街の力・人の力・仕事の力 」のそれぞれを過大評価することでもないのであり、できる ” 街・人・仕事 ” の方がより慎重で不安げだろうと感じることでしょう。
みるからに肯定感が高く自信満々に振る舞う ” 街・人・仕事 ” の中でも、特に自信満々にみえる「 街の力・人の力・仕事の力 」ほどその実力は怪しいといった知見が得られているはずです。

気づきから行動へのプロセスを踏む ” 街・人・仕事 ” の成長と向上の原動力。
たとえば自分に対してユーモアのセンスや論理的推論の能力などのいくつかのスキルや能力に関するテストを試み、同時にそうした個々の能力について自己評価をしてみるといいでしょう。
街に出ない人、人と出会わない人、仕事が出来ない人、そのような人ほど何故かポジティブであり、そこには根拠もなく、かなりの自信をもっていることが裏付けられるはずです。
そのような人ほど楽観的で、自分の能力を実際以上に見積もりやすく、そうでない人ほど不安が強く、自分の能力を実際以下に見積もりやすいです。
これは現実の ” 街・人・仕事 ” の状況を厳しい目で見て取れば「 街の力・人の力・仕事の力 」を過信し楽観視するよりも不安が強くなるためであり、気がかりと切っ掛けの気づきがさらなる成長と向上の原動力となっているのでしょう。

潜在的な可能性の発揮が期待されるその力により、成長や向上に向けた気づきと考え。
それゆえに、私たち一人ひとりがたえず肯定し楽観的かつ積極的にみえるのと違い、何かと気がかりで不安になりがちになるものですが、” 街・人・仕事 ” に対する堅実さや着実さといったものは逆に心配や不安の強さがもたらしているといってもよいのではないでしょうか。
たとえばポジティブに惑わされ不安を排除してしまうと、” 街・人・仕事 ” に対して適当になり、手を抜きがちになり、質が低下してしまう恐れもあり、何とかなるだろうと楽観視しすぎると、思いがけない問題の解決能力や課題の対応能力など事態への対処能力が低下し、あるいは計画や時間などもいい加減になる恐れもあるでしょう。
いま私たち一人ひとりが生きて働いているこの地域コミュニティ全体の相互性の信頼性は、実は気がかりというある特有の心配や不安の強さによって支えられているといった面があることを知っておくべきです。

私たち一人ひとりの「 街の心・人の心・仕事の心」に引っかかるものや事柄である ” 気がかり ” を切っ掛けとした ” 気づき ” から行動へのプロセス。
そうしてみると、自分の中にある不安を否定して排除しようとするのではなく、気がかりとなる心配や不安の効用にもっと目を向けてその生かし方を考えていくべきかもしれません。
私たち一人ひとりが積極的に、街に出て、人と出会い、仕事が出来、前向きな地域コミュニティ活動によるその生かし方を考え、さらにはコミニュケーション活動においての切っ掛けによる気づきから理解し知識を身につけ、そして評価し価値観を明確にして、問題についてどうのように行動すればよいのかを考え、そうして気づきと考えたことを実行へと行動に移すことです。

潜在的な可能性である「 街の力・人の力・仕事の力 」と、躍動する「 街の心・人の心・仕事の心 」に存在する確信であり信念。
私たち一人ひとりはありのままの ” 街・人・仕事 ” をなかなか肯定しきれず、まだ足りないところがあると考えがちなのは皆誰もがそうなのです。
たとえば今の ” 街・人・仕事 ” をなかなか肯定し切れず、満足できず、まだまだ足りないところがあると考えがちな人は、楽観的で不安もない人と比べ肯定感や効力感(可能感)など低くなるのも当然であり、そのことをまったく気にする必要がないということをあらためてわかるのはずです。
不安がなく楽観的な ” 街・人・仕事 ” を打ち出し押し出す文化は、地域と自分の内に成し遂げる力を求めるのではなく、地域と自分の外に力を求め、肯定感を高める様々な取り組みにより推移を見せつつも、その効力感(可能感)が高まる兆候をみられません。
本来 ” 街・人・仕事 ” に備わっていて発揮することが期待される潜在的な可能性の力とその働きを見過ごし、” 街・人・仕事 ” そのものの存在価値を見失っていることが裏付けられているはずです。
すなわち地域コミュニティとその持続可能な開発は成し遂げられている気配はないという知見が得られているはずです。

顕在性と潜在性における「 街の力・人の力・仕事の力 」の可能性を捉える地域から見た内と外。
” 街・人・仕事 ” に対する堅実さや着実さは逆に心配や不安の強さをもたらし、気がかりというある特有の心配や不安の効用に目を向けてその生かし方を考え、気づきと考えたことを実行へと行動に移すことにより ” 街・人・仕事 ” を打ち出し押し出す文化は、地域と自分の外に力を求めるのではなく、地域と自分の内に成し遂げる力を求めます。
したがって肯定感や効力感(可能感)などを高める様々な取り組みをすることなく、本来 ” 街・人・仕事 ” に備わっていて発揮することが期待される潜在的な可能性の力とその働きを見い出すことができるのです。
すなわち私たち一人ひとりの「 街の心・人の心・仕事の心」に引っかかるものや事柄である ” 気がかり ” を切っ掛けとした ” 気づき ” から行動へのプロセスを踏むことさえすれば、” 街・人・仕事 ” そのものの存在価値を決して見失うことなく、地域コミュニティとその持続可能な開発は確実に成し遂げられてゆくものです。

発揮することが期待される ” 街・人・仕事 ” の潜在的な可能性とその力の働きを生み出す気づきから行動へのプロセス。
私たち一人ひとりは、今まで目を向けていなかったことに目を向け、今まで心を向けていなかったことに気持ちを向け、今まで思いを向けていなかったことに考えを向けることです。
そして地域と自分の身の周りの問題や課題に気づくそれぞれのつながりに気づき、それらを理解するために地域と自分の身の周りに起きていることを認識し知識(知恵)として身につけ、気づいたことや理解したことについて地域と自分なりに評価し価値観を明確にして、問題解決や課題対応についてどのように行動すればよいのかを地域と自分なりに考え、そうして ” 気づいたこと・理解したこと・考えたこと ” を実際に行動に移すのです。

知られていない、まだ皆誰もが知らない、「 知られざる ” 街・人・仕事 ” 」の潜在的な可能性とその存在価値こそ、遥かに未来を豊かに孕み展望に富んでいるといえます。

 

 

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