10月:心を生む「創作工房」

 

 

 

 

月と満ち欠けする頭、狼と太り痩せする心。
愛は脳を育むが、心で脳は変わらない、脳で心は変えられない、心泣かすな頭冷やせ。

才能と運と努力の中で、月と満ち欠けする頭、狼と太り痩せする心。
起こりう得ることは当然なのだが起こり方が異常である如何ともし難いことに際し、もしや敢え無くなることに関わる ” よく知りもしない ” ことの奥深いところに手で幕をかけていれば、いつしか不安の恐怖が濃くなるように欲望は薄まってゆく。
そうして新しい沸騰ごとなき結局に ” 熟成の終わり ” を見ることはかなわず、ただひたすら証明される未来は唱えられるだけで終わる。

静かに知恵によって一切を観察し物事を深く考えることをする経験や知識は情報から自らの拡張と創造との機会を得るのだが、自らコントロールしえる箱庭的な分かっているだけでよく知りもしない世界に逗留し続ければ経験や知識は長命となり、試されない経験と知識は自らの行動の拡大拡張を望めない代わりそこで働き生き続けるだろう。

だかしかし、それをどうにかしようとしてみても、知能が頭をやつれさせても脳は筋トレによって活性化できるが、脳による行動選択という欲望と恐怖の発生消滅に際し心の不安や葛藤にまったく遭遇しないわけにはいかず、精神が胸をやつれさせた心は筋トレによって活性化できない。

人間の知ることの情報や知識を捉えるならば解釈でなくそこに価値あると自らが信ずる意志であり、その情報や知識の真なる条件を見て取るならば、それは生きる中心に据えた自らの行動により測られ、認識や物事を深く考える思考と信念は行動を導くのと同時に行動を通じて自らが改造される。

何を知っていて何を知らないのか、問題の解決や課題の対応ではなく問題や課題そのものを発見するに相応しい力が必要なのであり、前向きな心をつくり出すことである。
複雑さや速さと正確さなどの行動によって測られるその適当性・適正性の能力は、気ままの能力、気晴しの能力、奇天烈な能力、繰り返す能力、継続する能力と同じことがいえ、その中心となる探求する能力や探究する能力 にまつわる何か、ということかもしれない。

問題解決や課題対応ができる力ではなく、問題や課題の発見ができる力を能力者たちこそが、如何ともし難い些か憂鬱な立ち往生と戦い、心のままに現実を直視し守り備え、人と人のコミュニケーションから遮断されることなく誇らしげに直立した未来への先駆者なのだろう。

 

 

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