3:創作工房」カテゴリーアーカイブ

10月:心を生む「創作工房」

 

 

月と満ち欠けする頭、狼と太り痩せする心。
愛は脳を育むが、心で脳は変わらない、脳で心は変えられない、心泣かすな頭冷やせ。

才能と運と努力の中で、月と満ち欠けする頭、狼と太り痩せする心。
起こりう得ることは当然なのだが起こり方が異常である如何ともし難いことに際し、もしや敢え無くなることに関わる ” よく知りもしない ” ことの奥深いところに手で幕をかけていれば、いつしか不安の恐怖が濃くなるように欲望は薄まってゆく。
そうして新しい沸騰ごとなき結局に ” 熟成の終わり ” を見ることはかなわず、ただひたすら証明される未来は唱えられるだけで終わる。

静かに知恵によって一切を観察し物事を深く考えることをする経験や知識は情報から自らの拡張と創造との機会を得るのだが、自らコントロールしえる箱庭的な分かっているだけでよく知りもしない世界に逗留し続ければ経験や知識は長命となり、試されない経験と知識は自らの行動の拡大拡張を望めない代わりそこで働き生き続けるだろう。

だかしかし、それをどうにかしようとしてみても、知能が頭をやつれさせても脳は筋トレによって活性化できるが、脳による行動選択という欲望と恐怖の発生消滅に際し心の不安や葛藤にまったく遭遇しないわけにはいかず、精神が胸をやつれさせた心は筋トレによって活性化できない。

人間の知ることの情報や知識を捉えるならば解釈でなくそこに価値あると自らが信ずる意志であり、その情報や知識の真なる条件を見て取るならば、それは生きる中心に据えた自らの行動により測られ、認識や物事を深く考える思考と信念は行動を導くのと同時に行動を通じて自らが改造される。

何を知っていて何を知らないのか、問題の解決や課題の対応ではなく問題や課題そのものを発見するに相応しい力が必要なのであり、前向きな心をつくり出すことである。
複雑さや速さと正確さなどの行動によって測られるその適当性・適正性の能力は、気ままの能力、気晴しの能力、奇天烈な能力、繰り返す能力、継続する能力と同じことがいえ、その中心となる探求する能力や探究する能力 にまつわる何か、ということかもしれない。

問題解決や課題対応ができる力ではなく、問題や課題の発見ができる力を能力者たちこそが、如何ともし難い些か憂鬱な立ち往生と戦い、心のままに現実を直視し守り備え、人と人のコミュニケーションから遮断されることなく誇らしげに直立した未来への先駆者なのだろう。

 

 

 

 

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9月:やりすぎ「創作工房」

 

 

……………… 最も強い者が生き残るのではない。
最も賢い者が残るのでもない。
唯一生き残るのは変化する者である。………………
C・ダーウィン「種の起源」

大きな顎(あご)は戦いの兜(かぶと、冑)についている鍬形。
特定の環境に最適化は限りない特化であり、環境変化に対応できなくなってしまう。
過去の実績や成功体験といった環境に適応すぎ垢抜けせず、やりすぎという完成度の高さが足枷となる過剰適応は外部環境の変化に乗り遅れることにより天井を打ち尽き果てゆくだろう衰退の警笛となっている。
イノベーションを起こすならば古い殻を文字通り破ることであり、それは解体された状態となり守株的なものから見れば破壊ともなり、しかしそれに一歩踏み出せるかどうかが新たな価値を創造できるか否かの分かれ目になる。
人間は変化に対処することがひどく苦手であり、現在の居心地に良いやり方に安住しまい、現状の延長線上で何かを作ろうとする傾向がある。
安易な姿勢は ” 反応を衰えさせ ” 、それが将来の失速に繋がってゆくのであって、現状からの変化に順応することが不得意であるならば環境適応に失敗せざるをえないことになる。

人間の思考は常に絶えず何らかの思い込みに基づいているのであり、認識的な布置が過去の実績や成功体験といった環境に過剰反応すると適応能力を締め出し、成り行きは残念にも未開に開化(かいげ)せず未知を末路として辿ることになる。
過剰反応は続くために特に注意が必要であり、可能性があっても過剰適応を改善しなけば、過剰適応ではまったくこれまで見たことのない驚きに満ちた世界を創作することはできない。
新しい何かを創造して作る行為としての創意工夫であるイノベーションとそのジレンマ。
悩んだきり前に進むこともできず、これまで作ってきた形を超え出ることができない。
何らかの状況に相応しいことや合致している適応もやりすぎとして人間が自ら作り出した思い込みに基づく思考や事物などが逆に人間を支配するような疎遠な力して現れ出ることは、自らの可能性を疎外することになり、創造して作る知識の在り方を特定付け影響与える知の枠組みは自己主張をより強くすることになってしまう。

おおよそ主張とは、口に出そうが出すまいが判断であって、自らに関する直感的(直接的)に感じる物事の今と今後にある現状と変化であり、現状把握と目標設定として多くは最初直感的に先を見透した後にそれに達する論理的な経路を組み立てたものにすぎない。
その自己主張とは、自分の主張が一方的にではなく、他者(相手)を尊重しつつ適切な方法で自己表現を行うことであり、互いを尊重しながら意見を交わすといったアサーティブ・コミュニケーションにある。
アサーティブな自己表現とは、自らを押し殺さず相手に合わせることもなく、自他ともに許容し大事にするよう心掛け折り合いをつけてゆく中で現状を変える具体的な行動を考え実践することだ。

可能性に気づき、新しい切り口や捉え方と新しい活用方法により何かを創造し作り出す。
” そういえば、やってなかった ” ことをしよう。
自分を取り巻く環境が変化する中で枠組みを超えて正解を求めず自主的に、自ら学ぶ(リスキング)ことだ。
新しい心を持ち五感をフルに活用し、学ぶことと自分との楽しく面白いといったその意味を感じ、自由に荒唐無稽なものを考え、心からリラックスする時間を楽しむ。
あるものの良さを活かし、もっと新しいものを生み出す。
どうやって作るかではなく、何を作るかを考えることだ。
そのように自らに直接働きかけることによりバランスを整えることができ、楽しむことがいい発想を生むことにつながる。
自らの成果に直結する気づきのスポットといえば穴場はコミュニケーションであり、相手を選好するなどして偏るようなことなくコミュニケーションを交わし、自らが新しい心を持って気づき、自らが変わり、自分の楽しく面白いを見つけることだ。

 

 

 

 

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8月:前進あるのみ「創作工房」

 

 

今まで考えつかなかったような独自性の強い新しい思いつき。
独創的な考え方や新しく考え出した意見や見方。
いつの時代でも工夫という方法や手段はいくらでもあり、何でもいろいろな案出を試みることだ。
前進が創意を煽るのではなく、創意が前進を駆り立てるのである。
追い詰められた思考の繭の中にくるまれ燻るかぎりは、やれるところまでやり尽くしやり抜く。
自分の思考で自分自身をどうにでもできうるということは ” 物は考えよう ” ということであり、目を向けた先に思考を超えた力があるからには、清らな前向きの流れを持つような働きに向き、はじめて自分は自分自身を操ることができるだろう。
この時代は、よい方法を見出そうと気ちがいのようにイノベーションとやらを追い求めて自分軸に挑み新機軸を打ち出そうとやけに力むが、そのように小難しく考え理屈をこねるなどして意図の本質からズレてしまっては元も子もない。
暗に晦(つきごもり)頑なに目指さなくてもインスピレーションやアイデアの原動力と思考の一助ならば ” 快活 ” な好奇心や探究心と自信でしかない。
混乱せずに推敲して洗煉され磨き上げるのはその先のことだ。

 

 

 

 

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7月:問答無用 ” ゼロモード ”「創作工房」

 

 

神代の時代から世の中にはゼロもなくイチにするものもない。
対象に対してイチが関係する他のものに及んだ新味としてその変化はもともとあったものの価値が擦り付けられて作り出されるにすぎない。
変化を求めゼロからイチにする能力を高めて新しい物や価値など何かを生み出すゼロイチを通じた再開の裏には転嫁(二度の嫁入り)バツイチがある。

広い範囲で望ましくない非適応的な出来事に関係し、人は自らの調整能力が損なわれるものの、枯渇や消耗がゼロになって生じるこれを打ち消す力は様々な状況において有益となる。
すなわちゼロ経験は有効であり、その経験によって得られるパワーは有益であるということだ。
ゼロになるということは転機が訪れるということであり、そこには本質的なパワーが存在する。
ゼロを分岐点にして根本的な機転(気転)が利くという本来的な才知を得ることができ、その才知の力は自らのコントロールの克己や自制の力によってもたされる知恵の働き才覚でもあり、より前向きな気分は自らの枯渇や消耗の影響を和らげ回復させ、さらに自らの調整能力を向上させ、状況に応じて適切に判断することができるその潜在能力は、より建設的で機敏な心の働きとなる力能である。

”自分はできる”ということに動機づけられた可能力性によって顕在化する可能性としての力能は対他的に主体の支配力であり、心の決定を心に生み出すものとして自らの心に与えられている。
発現へと向かった可能性としての潜在的な力能は必然性をもち、自らの観念が置かれた心に受入れられる対象とされるが決して沈黙した無力な存在にあらず力能という雄弁な性質を具している。
力能を切離されたならば観念を顧みられることのない影の如く、ときどき心へ現れるままに任せれば自ずとこれに注意はしない。
変化や再開を複雑に考えたがる人が逃げているのでなく、逃げたがる人が変化や再開を複雑に考えているだけなのであり、スタンドポイントから自分の楽しく面白くを導き臨むことだ。
自分なりの変化や再開のスタンスによるポイントオブビューは固執した当たり前を見直すべき見所であり、実はやりたい事をこんなにも沢山持っているということに気づきさえすればいい。
神様も知らない意想なんかあるわけもなく、創意工夫してこそ自分の楽しく面白くを覚える意想だとして、刻意をもって深く気を配り、心を砕き苦心することだ。

増すのが変化、変化は未知。
常識や前提知識の思い込に惑わされて直面するのは、解決にあたっての問題が難解、対応にあたっての課題が複雑。
既存する枠組みでの捉え方や考え方に縛られ、柔軟な発想や奇抜な着想ができなくなり、糸口を見つけようにも見つからない行き詰まり感。
マイナスなどを負っていたならば、プラスなどへ勝れるわけがない。
過去を引き摺り半ば現実に溺れているよりも、物事の是非を判断できず半ば愚鈍の愚連になるよりも、どのみちスルーする頭の働きは ” 才・運・力 ” 、ならば、創意工夫の意想による刻意求自の望刻としてやってみるといい。
たんにスランプなどでなくても、あるいはプラトー現象(高原・高台現象)で伸び悩み停滞するなどのようなとき以外でも、もっとも不断にして慣れ状態にある通過点としても、やってみるべきは、全てを白紙に戻し、軌道を変えるべくゼロから出発してみることだ。
新しいアイデアを生み出し、素晴らしいインスピレーションを浮かばせるために、代わり映えしない定常や行き詰まりの延長線上で捉えたり考えたりはしない「 限界の一望 ” ゼロ・ワールド ” 」。

発想着想は変化にあり、価値観は大いに変化する。
変化や再開は縛られるルールが一切無い感覚的思考、有るのは広がるスケールの感覚的思考だけであり、前進を止めれば問答無用のノンストップルールと枠組み外しのスキームアウトによるスケールアップでしかない。
人は迷う能力に加えて試す能力がとても大切だが、意識していない遊ぶ能力がもっと大切であり、革新的なブレークスルーというものは異なる視点にもまして異なる暗黙知が交差して生まれる。
主観や先入観にとらわれずに画一的な視点から幅広い視野へ向かい分析・判断し、隠れたものが見つかるだろう。
深く心を配り、心を砕き苦心し、気づきに却って予想とは反対になる逆さまの感じを刻意に添えつつ素直に新しい捉え方や考え方を受け入れられるかどうかは自分次第。

 

 

 

 

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6月:「ウェビナー」創作工房

 

 

コミュニケーション communication における仲間意識や人間関係の構築は、リアルでしか成し得ないとはかぎらない。
意見交換が活発に行われるオンライン上では、グループワークが可能となっている。
自由に移動ができるのでグループワークの様子を見ることができ、相互理解が深められ親睦を深めることが多くなる。
必要な情報を最後まで伝え合えず機会損失につながることなく、疑問に質問をもって間延びせず端的に内容を伝え合ことであり、一方的な解釈と説明にならないように工夫することだ。

ディスカッションを取り入れることで双方向にコミュニケーションをとることを可能とし、伝える力と聴く力によってそれはやがて創造につながる読み解く力として充実していく。
読み解く力こそアウトプット志向( 創意 )そのものなのである。
ディスカッションを疎外させずに異質の情報や物事を今までにはない仕方で結合することにより、新たな視点の発見と発想が新しい価値あるものをつくり出す。
頭のなかを嵐のように掻き回し生まれる気づき閃きは、アウトプット指向( 創造 )の促進につながるのだ。

コミュニス communis( common )は、” 街・人・仕事 ” の潜在的な可能性と新しい価値をそれぞれが共有して共通の理解レベル( 相互理解 )とすることであって、いちいち尤もらしく ” 回りくどく ” 考えなくてもいい。
コミュニケーションというのは、そういったものである。
だがしかし、気づき閃きは風通しのよいだけでは生まれない。
多くを問うものは多く学ぶだけに留まらず、疑問と疑問を止めない探求心のそれ自身は、自らを忘ずる熱中の坩堝の中で ” 創作 ” の意味をもっており、それは疑問や探求でも何でもない自明の事柄なのだ。

 

 

 

 

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5月:「ズーム」創作工房

 

 

インスピレーションやアイデアが自ずと沸いたから何かしらするのではなく、
閃きや思いつきを生み出す努力をしてみよう。
自分をほんの少しだけ、
無理や無駄な状態にすることで、
大きな実りよりも、
やがて発芽の種がもたらされるかもしれない。
木にとって最も大切なものは何か、
それは実だと誰もが考えるだろう。
だが現実には種なのだ。

無駄を絶対にしない。
無駄を極力避けることはしない。
有益に無駄遣いせず無益に無駄逃げせず、
無駄をせずに無駄を惜しまずに、
無駄を厭わず赤裸のままに。
気が変わりやすくても、
その時々の思いつきや気分でも、
何事も先ずはやってみることだ。
表現は大いに気まぐれで、
それ自体が無意識的であっても、
はるかに未来を豊かに孕み展望に富んでいる。

 

 

 

 

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4月:「自分らしさ」創作工房

 

 

何事も出来るか出来ないかは自分次第。
最大の充実感と喜びを得る秘訣は、
最も危険な”自分を狩るためのこと”、
”自分を遊ぶためのこと”。
なぜか人はどうのこうの言っても、
実のところ心配性なのである。
打ち明けて言うと、
細々した些細なことまで気にかけてしまい、
余計なことを考えすぎてしまうのだ。
結果が出てないのに悪い事態を想定したり、
悲観的になってしまうといった悪循環に陥りがち。
心配性の度合いが過ぎると、
疲弊枯渇して創造力が尽きてなくなる。
自己満足の酔生夢死になるよりも、
人は真面目か楽観的か、
大雑把か誠実かなど様々で尤もいいのだ。
心配は切っ掛けとなって、
逆に想像性や創造性を掻き立ててくれるはずだ。
どんなに衰えてしまったとしても、
心配を苦しいままに気が遠くなるような中で、
何かしら編み出す能力を完全に失うことはない。

 

 

 

 

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3月:「気づき」創作工房

 

 

いのちが生まれながらに具えもつ、
無垢なる知のはたらき。
一人ひとり自分の心のなかにあり、とても近い。
生命の知、生活の知、
創造の知、学習の知、身体の知。
これら知をもつものが共に生きることによって、
この世は遍く保たれている。

 

 

 

 

閑林(かんりん)に独坐す
草堂の暁(あかつき)
三宝(さんぽう)の声一鳥(いっちょう)に聞く
一鳥声あり
人心(ひとこころ)あり
声心雲水(せいしんうんすい)
倶(とも)に了々(りょうりょう)

空海

 

性霊集(遍照発揮性霊集) 巻第十
共同編集:弟子 真済(しんぜい) 10巻

 

夫(そ)れ境(きょう)は
心(しん)に随(したが)って変ず
心垢(けが)れれば
即ち境濁(にご)る
心は境を逐(お)って移る
境閑(しずか)なれば
即ち心朗(ほが)らかなり
心境冥会(しんきょうみょうえ)して
道徳玄(はるか)に存す

空海

勝道上人「日光開山」登山記

 

性霊集(遍照発揮性霊集) 巻第二
共同編集:弟子 真済(しんぜい) 10巻

 

 

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2月:「朝朗け(あさぼらけ)」創作工房

 

 

無からの創造 ほとんど純粋に
目に見えているものからできたものではなく
それについて語ることはしない
感じたり 愛したり 知ることはあっても
造形的な概念や想像力による構想ではなく
精神と感覚との合理的な組み合わせ
心(魂)と精神の最も高貴で貴重な部分のすべて
実際に観念的で象徴的であり
主観的で装飾的であり 総合的なものとして
個人的または特定の理想的な変容無しに
抽象的な観念と表現すべきイマージュの間に
形を与えること無しに
創造として再現する必要がどこにあるのだろうか
創造する際に 心(魂)と精神と常識との
合理的な組み合わせが
ほとんど創造力や想像力による
構想になってしまうのなら
あらゆる人々の目にとまる ” とある自由な表現 ” は
夜のうちに消えて無くなるだろう

 

 

 

 

L’imaginaire

« Qu’est-ce qu’écrire ? », « Pourquoi écrire ? », « Pour qui écrit-on ? ».
En fait le peintre n’a point réalisé son image mentale: écrire n’est pas peindre, écrire n’est pas composer de la musique.
En effet, contrairement au peintre ou au musicien qui se contentent de présenter les choses et de laisser le spectateur y voir ce qu’il veut, l’écrivain, lui, peut guider son lecteur.
La chose présentée n’est plus alors seulement chose, mais devient signe.
En fait le peintre n’a point réalisé son image mentale : il a simplement constitué un analogon matériel tel que chacun puisse saisir cette image si seulement on considère l’analogon.
Un des principaux motifs de la création artistique est certainement le besoin de nous sentir essentiels par rapport au monde

“ L’imaginaire ” Jean-Paul Charles Aymara Sartre

 

架空のもの

何を書いているの? なぜ書くのですか? 誰のために書くのですか?
作者は、まず書くことではないことを考えて答えを概説します。書くことは絵ではなく、書くことは音楽を作曲することではありません。 確かに物事を提示し 観客に彼が望むものを見せることに満足している画家や音楽家とは異なり、作家は彼の読者を導くことができます。提示されたものは、もはや単なるものではなく しるしになります。
実際、画家は自分の心のイメージに気づいていません。彼は単に物質的なアナログを構成しているので、 一人だけがアナログを考えれば誰もがこのイメージを把握できます。
美しい物や意味のある物の創造の主な動機の一つは、確かに世界との関係において不可欠であると感じる必要性です。

 

 

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