
Cognigenesis Part-Ⅰ Part-Ⅱ Part-Ⅲ Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)

Rosa Celeste: Dante and Beatrice gaze upon the highest Heaven, The Empyrean, by Paul Gustave Doré(1832–1883) from “The Divine Comedy by Dante.” This is a file from the Wikimedia Commons. (Public Domain via Wikimedia Commons)
本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』
序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》
続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』
思創考造
Cognigenesis thinking 序章:第2節
……………………………………………………………
DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE
……………………………………………………………
序章「思考と創造の生成的連鎖」
第2節:「方法」
能力とは、何かができるという「可能性」である。たとえば「泳げる」「話せる」「理解できる」といったとき、その背景には、身体的・精神的な潜在的力が備わっている。だが、能力とは、単に「できること」ではない。それは、内に宿るものとしての力――名づけ得ぬ力、目に見えぬ潜在的な可能態としての力――に支えられている。では、その「名づけ得ぬ力」とは何か。
この力は、心身のはたらきにおいて自明のものではない。それは、努力によって、すなわち一定の反復や持続的な実践によって、初めて表に現れてくる。「能力がある」とは、単に才能を持つことではなく、力を発現させる過程にあるということだ。力は、生得的であるかもしれないし、獲得的であるかもしれない。しかし、どちらであっても、それは育まれなければならず、その育みの場が「努力」である。
努力とは、言い換えれば「繰り返しの場」である。そこでは、身体が、心が、頭が、それぞれ別個にではなく、一つの「実地の場」として呼応しながら働く。そこには、「息」がある。吸って吐く、意識と無意識のあわいを往還するような呼吸の場。そのような場でこそ、真に力は練られ、磨かれ、潜在から顕在へと変容していく。
だがこの過程は、単なる反復ではない。それは、毎回異なる条件のもとでなされる「変化を孕んだ反復」であり、そこには常に「問い」が立ち上がる。なぜこれがうまくいかないのか。どのようにすればより深く到達できるのか。問いが立つとき、思考が動き出し、創造が芽吹く。思考と創造は、「努力」の内にある。そして努力とは、単に前に進む行為ではなく、「場の熟成」であり、「力の生成」の現場なのである。
私たちはよく、「がんばったらできた」「やればできる」という。しかし本当にそうだろうか。努力とは、単なる意志の持続ではない。それは、心と身体と頭が交わる「実地の場」であり、呼吸と問いを介して、内にある「名づけ得ぬ力」が目覚めていくプロセスそのものである。そこでは、「できた」ことよりも、「できつつある」こと、「できるとはどういうことか」が問われる。
すなわち、能力とは、固定された性質ではなく、変化し続ける潜在的可能性であり、それが立ち現れる場の全体――すなわち思考と創造の場こそが、本書の関心である。
……………………………………………………………
本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』
序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》
続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』
