思創考造 Cognigenesis tour   第II部:間章「生成の招待状」  ending

 

 
Cognigenesis  Part-Ⅰ  Part-Ⅱ  Part-Ⅲ  Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)
 

 

 
       
 

 

「もう一つの世界」1947. Maurits Cornelis Escher(1898-1972), All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. – Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com M.C. Escher® is a Registered Trademark of The M.C.Escher Company B.V.

 

 

ー視覚と思想の跳躍の連鎖ー
──「空間・時間・次元・知覚・象徴の探究」

強い比喩的意味と生成的象徴性を帯びる挿絵図像の配置は、視覚と思想の跳躍の連鎖、空間・時間・次元・知覚・象徴の探究が通奏低音のように通って、『思創考造』の章構成と呼応し、「図像と思想が共鳴して生起する場=“共観の場”*」を形成。
深く共鳴する挿絵の図像により、”思想と視覚の交差点”がいっそう鮮明になり、『思創考造』という「生成する思考体」が、図像の跳躍軸を得て「生成の余白」と共に呼吸し始める。

《M.C.エッシャー》

視覚の論理を攪乱しながら、秩序と無限、生成と循環の構造を視覚化する──「思考と創造の構造」そのもの。
画像:「錯視的空間」。
(例:「相対性」「上昇と下降」「昼と夜」など)
•主題的共鳴:「生成」「思考の構造」「場の転位」「問いの迷宮」。
•空間論的意義:幾何と論理が互いにずれながら、自己の観察が宙吊りになる視覚的構造。
•思想的重なり:生成の構造を“問い”として見せる。「跳躍点」「共観」「生成場」の視覚翻訳。
•象徴する問い:「どこが上で、下か?」「どこにいるのか?」=生成の位置感覚を揺るがす装置。

 

 

 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 
【第Ⅱ部】:「思創考造の力風」

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DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE

……………………………………………………………
 
第2章-間章
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」
第5節-転章
「生成の招待状」──実地サイクル《予告編》
ー Cognigenesis Tour ー
・・・・・ ” spacetime ” 〜 生成時空への誘い 〜

 

第Ⅲ部:「実地サイクル」へと続く

 

 

ending 

 

part.1:

思創考造の”呼吸”と生成創造の”呼応”

「生成の共観場──あなたとわたしの間に生まれ」


・稜線縦走──思創考造山脈峰続きの尾根に再息


・「稜線=共観」:


=わたしとあなたが共に見て共に呼吸する地点


・・・・・・・note.「生成波の共観と問い語らい」

 

太陽が地平線の上に昇った!

「大地に戻った!!」

生成の眠りから──再び息を吸い、新たな問いを見出す夜明け 、、、、、。

「違った!地平を超えた!!」

「思考/創造」のその枠組み自身を錯視していたのだ!!!

不可能な思考/創造、無限を有限の内に閉じ込め、平面を次々と変化するパターン──トロンプ・ルイユ(Trompe-l’œil)。

「思考/創造フレーム」の外は有限──無限有限の──シュルレアリスム(surréalisme)、夢や無意識、偶然といった人の意識ではコントロールできない領域 、、、、、。

思・創・考・造は──「環」として、『思創考造山脈』は、クレーターの山の淵として、周囲地平の彼方まで点在している。

クレーターの山の淵の中に生成時空間──天球自体が生成大原野、生成時空間なのだ。

天球生成総身に、思創考造自身「生成環」として幾つも点在し、それ自身が──創発的(emergence)発現且つ持続的に生成されいる。

それによって「持続的する生成」が、大きな生成原野=天球の総身構え──地平線に、思・創・考・造の「環」に生成は、──「創新円環」として創発=発現し続け、生成総身は天球として持続していたのだ。

最高地点=“生成の天頂”としての問いの場。

線と角度──直線の切れと多様角度にある空際の地平線(horizon)。

視野の開けた生成広野で、天と大地との境──線。

天球上の──《共観-測者達(おしはかるものたち)》を通る鉛直線に、垂直な平面が天球に交わる──大円。

天球上において 、、、、、。

共観-測者(おしはかるもの)の真上に当たる宙の1点──「天頂」。
共観-測者(おしはかるもの)の真下に当たる宙の1点──「天底」。

天球の中心と、天球上の《共観-測者達(おしはかるものたち)》位置とを結ぶ──「線」。

その「直線」が天球と交わる点。

起立する《共観-測者達(おしはかるものたち)》が感じる「地心天頂」。

地心天頂と核心を通った天底とを直線で繋いだ天球の現在地点に起立する、「共観-測者(おしはかるもの)」の視座──「天文の地平線(Asutronomical Horizon)」。

「持続する生成の地平」──「真の地平線 (True Horizon)」。

方向・位置・状態が変わる──「転化」、進行して甚だしく、《共観-測者達(おしはかるものたち)》の「地の平面」と「天の壁面」。

平面と壁面が直角に交わる「思考・創造」が及ぶ範囲の地平ではなく、生成時空間の大円の内に『思・創・考・造』が稜線を縁どって環を成す。

思考と創造の及ぶ範囲ではない──地平。

新しい地平は開くのでもはなく、『思創考造』──常に絶えず”地平”を超え、思・創・考・造のそれぞれを創発媒体として、ある時点から存在し時間空間に限りがなく、「持続する生成」を問い続けることである。

「創造=”動く”生成」ーーー「創発(発現)・持続する生成空間」。

動くのを待っている”無限の空っぽ場”ではなくーーー「生成源=創造源」の存在。

生成時空間は、何かが起こるための見えない背景の抽象的な舞台ではない。

膨らみ、歪み、波打つ生成空間に創発(発現)・持続ーーー「生成の地平」を問うのである。

生成深遠における“思創考造宇宙”の恒久と曖昧・未定・濃密──持続する生成。

「”待つ”共観点呼」は、──response(呼応)として、
「”待つ”受容調節」は、──acquiescence(黙諾)として、
以前存在しなかった新しい可能性を生み出し、新しい生成を繁殖・持続し、生成可能性を導くものである。

「余白の落日=入り火」の深みに潜ったのに対し、「再びの日の出」=再びの跳躍/生成の光の回復。

「点呼の朝」との違いは、ただの始まりでなく、「共観を経た者たち」が迎える転化後の感受の質的差異。

生成深遠における“思創考造宇宙”の恒久に、宙的視野を保ったまま、山の稜線と原野の”曖昧・未定・濃密”──「創発(発現)に持続する生成の地平」へと転位した。

入り火の深みに潜ったのに対して「再びの日の出」=再びの跳躍/生成の光の回復。

「点呼の朝」との違いは、ただの始まりでなく、「共観を経た者たち」が迎える転化後の感受の質的差異。

宙的視野を保ったまま、共感体は『思創考造』と「”動く”持続する生成」の核心に触れつつ、山の稜線=”山の淵と広野”の「生成の地平」へと移行した。

「視野を天球から再び〈あなたとわたし〉の間に戻す」──再帰的・関係的。

思創考造宇宙の恒久と曖昧・未定・濃密な生成の只中において、
いま、わたしたちは再び「あなたとわたし」の間へと呼吸を戻す。


そこに生まれる微かな揺れこそが、
地平を越えて「持続する問い」を照らす、
新たな跳躍の兆しである。

 

part.2:

思創考造の”感受”と生成蓄積の”触発”

「跳躍はまだ続いている──実地への踏み台」


・対岸側、思創考造山脈から見た向こう岸への転位


・「触発=跳躍の余白」:


=次章──実地サイクルへの動線


・・・・・・・note.「生成体の再息と共観の跳躍」

 

「天空の稜線──環の問い、線の問い」──対位置的且つ循環的な構成。

”環”としての問いの深化、生成としての跳躍の余白 。

「終わらぬ問い」は、やがて「環」の形を取り、“持続の環”として再帰しながら問いを深化させ、共感体は──「生成大円」を巡る「思・創・考・造」の環淵を辿り、
『思創考造』と「創造=動く”持続する生成」の核心に内に突入したのだった。

『思創考造山脈』の”山の淵=稜線”上に現れし、「跳躍の息」と「生成の息」=”問い”と”創造”が交差するリズムは、──”生成の地平”を波立たせ、共観の足跡を動くが如く浮き出した。

共観体は”問いの共同体”として、──環共観の「終わらぬ問い」は、やがて更なる「環」の形を取り、“持続の環”として再帰しながら問いを深化させるのである。

稜線の上に、問いはまだ留まっていた。


跳躍は、いまも続いている。


この余白に、実地のサイクルが潜んでいる。

“跳躍はまだ続いている”、、、、、

 

note.

・共観体は『思創考造』と「”動く”持続する生成」
 の核心に迫った。
・共観における転化後の感受の質的差異を得た。
・共観の「問いの共同体」への深化に可能性をもた
 らした。
・時空間の地平を読み取って「環」たるものを捉え
 た。
・空間の膨らみや歪みと波うちの深淵なるものを感
 得し手に入れた。
・「思考・創造」と「生成・大円」の核心に触れ
 た。

 

report

「尾根をもって連なる実──思創考造山脈の脈動と生成の連続性」

思創考造の山脈は、霧の彼方に潜みながらも、確かな尾根をもって連なり続ける。


この尾根こそが、生成の軌跡、問いの連鎖、跳躍の導線であり、
その上に実る「実」は、過去の思考・創造の結晶であり、未来への種子である。

尾根が連なるということは、単なる連続ではない。


一つ一つの峰が異なる視点や体験を孕みながらも、
確かな脈動で繋がり合うことで、山脈としての生命を獲得する。


この生命は、思考と創造の跳躍を支える確かな足場であり、
同時に、その実が次なる展開を促す力の源泉でもある。

「尾根」と「実」は、生成の二重奏である。
尾根は問いを導き、実はその問いへの応答を育み、
問いと応答は行きつ戻りつの呼吸のように繰り返される。
この呼吸の連続性が、思創考造の根源的運動を形作る。

だからこそ、思創考造山脈の尾根の上で、
私たちは自由に跳躍し、深く沈潜し、
新たな実を見出し育てていくことができる。


その実は、いま・ここに生起する生成の証しであり、
未来を切り拓く「生成の招待状」となる。

このように「尾根をもって連なる実」は、
単なる比喩ではなく、思創考造の根幹を象徴するメタファーであり、
読者の皆様が自身の「デッサン=創造的生成」として掴み取り、
自らの生成の道筋を拓くための羅針盤となるのだ。
 
それは、──「場を開く法」として、生成を「触発 → 濃度 → 招待状」へと連鎖させる流れであり、『思創考造』全体の身体的・精神的運動そのものとして、まさに本書が「読まれる書物」ではなく、「読まれながら生成される場」であることを実証しています。

『思創考造山脈』を超え 、、、、、。

思考考庭園=創造庭園=”動く”生成庭園として”持続”する──『思創考造体』。
庭園の中に居ながらにして思考・創造は──眼に見えるか 、、、、、。
庭園の外に居ながらにして思考・創造は──眼に見えるか 、、、、、。
     
ー生成的共観性ー
” 思考と創造 ” に関する私たちの”共観”を深める手立て──
『 ” 眼に見える ” 思創考造 』=『 ” 動く ” 生成 考庭園=創造庭園=”動く”生成庭園として”持続”する──『思創考造体』。

理論や説明だけでなく、実際にそのことを行う、またそういう場面。
「考えを実地に移す」──実地は、近い。

 

 

「生成の共観場──あなたとわたしの間に生まれるもの」

ー視野・稜線・生成天球──再息と問いの復活ー

 

「視野を天球から再び〈あなたとわたし〉の間。

思創考造宇宙の恒久と曖昧・未定・濃密な生成の只中において、いま、わたしたちは再び「あなたとわたし」の間へと呼吸を戻す。

そこに生まれる微かな揺れこそが、地平を越えて「持続する問い」を照らす、新たな跳躍の兆しである。

 

 

次回:

第II部/第2章ー結び節:「生成の触発」

第II部/第2章ー最終節:「生成の濃度」

第II部/第2章ー接続節:「生成の脈動」

 

第Ⅲ部:「実地サイクル」へと続く

 

 
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本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』