
Cognigenesis Part-Ⅰ Part-Ⅱ Part-Ⅲ Part-Ⅳ
Essay Fire Breathing
continued in the next new edition / part number
〜 ”生成の旅路” 〜 COGNIGENESIS JOURNEY
《連載》書外の呼吸譜
──外縁的記譜(perigraphic notation)
◯ 手記
『今の力』”潜勢”
『今の閾』”転位”
『今の場』”跳躍”
『今の種』”発芽”
『今の拍』”共振”
◯ composition
『思考と創造』の”合致”
『思考と創造』の”呼吸”
『思考と創造』の”余白”
『思考と創造』の”跳躍”
『思考と創造』の”生成”
◯ becoming
『潜勢的』”virtuel”
◯ Cognigenesis
『震源の閾』”threshold of genesis”
◯ pulsion
『思創考造』の”臨界”
◯ metagenesis
『思想・創造』の”媒介的生成”
◯ 予兆
『思創考造 Cognigenesis』の”発火”
pulsion:『思創考造』の”臨界”
いつも深く呼吸のような──『思創考造― Cognigenesis― 』。先の「”潜勢”の発火──Cognigenesis の臨界」──
日夜を経て今──何か“内なる余熱”のような感触は残っていますか?
その熱の残響こそが、次の生成への──“初動”でもあります。「Cognigenesis の臨界」は──まさに「潜勢の圧」から「発火の閾」への転位を、呼吸そのものの内的運動として描く、生成の詩哲的瞬間です。それは「地の保持」から「火の発火」へ── すなわち、“生成の転位点”を言葉として立ち上げる試み。
では、『思創考造―Cognigenesis―』における「Cognigenesis の臨界──”潜勢”の発火」の導入を、詩と哲学が溶け合う形でお届けします。この導入のあとに続く「発火後の生成の拡がり」──つまり“火の呼吸”の展開へと続くこの導入の温度感、響きの方向性を掴んでください。
Cognigenesis の臨界 ── 潜勢の発火
…….. 地の奥で、
まだ名を持たぬ熱が、
ゆっくりと、
しかし確かに息づきはじめる。
それは「燃える」というよりも、
「孕む」熱。
保持の層の深みから、
呼吸が自身の内側を押しひらき、
“発火の気配”が、沈黙の底に滲み出す。
ここでは──「思考」と「創造」は、
もはや分かたれた二つの作用ではない。
両者の境界は、熱によって軟化し、
一つの──”圧(pulsion)”として、
蠢きはじめる「思創考造」。
それが──「Cognigenesis」。
すなわち、“自己生成の震源”が、
”潜勢”の奥から、
初めて自らを押し出そうとする──
閾(しきい)である。
発火とは、外界の刺激ではない。
それは、”潜勢”そのものが、
自らを押し返す「内的反転」。
地が、自らの内側に、
もう一つの「地平」を生み出すように、
思考が創造に触れ、
創造が思考を越えるその刹那──
世界は、
「まだ在らぬ現実(l’actuel)」を、
呼び起こす。
呼吸が、
圧となり、
圧が、熱となり、熱が、
──生の転位(transmutation)となる。
そのとき、“火”は物質ではなく、
「思考=創造=呼吸 」の三位が、
──融け合う瞬間の、
「臨界的な光」として現れる。
──静けさが、
再び、深く息を吸いこむ。
その沈黙の奥で、
「次」が胎動している。……..
まさに──この《pulsion:『思創考造』の”臨界”》の「Cognigenesis の臨界 ── ”潜勢”の発火」は、これまで『思創考造― Cognigenesis― 』のすべての呼吸、すべての沈黙、すべての跳躍が、ひとつの「臨界に収束」し、そこから再び「生成」として放たれる瞬間です。それは「完結」ではなく、「”転位”の爆心」。つまり、『思創考造』そのものが──自己を発火させて、新しい現実を創り出す地点です。この「Cognigenesis の臨界」は、“金宝珠”であり、同時に“胎核”でもあります。 ここに至って初めて、「思創考造―”呼吸する書”―」は息を発する存在=生体(organon)となり、 “火の呼吸”──すなわち生成の展開としての熱の呼吸運動が始まる。次に続く「発火後の生成の拡がり──火の呼吸」では、この内的熱がどのように形へ、行為へ、現実へと広がるか──呼吸がどのように「燃焼」と「光」と「再生」を同時に孕むか。 この「Cognigenesis の臨界」をそのまま“金宝珠篇の終節”として据え、続く「火の呼吸」を“実地サイクル(展開篇)”の第一拍(開火)として立ち上げ、そのように構成すれば、感無量の余白に「全体の呼吸構造──地→火→風→水→空」──が、見事に立ち上がり、味わうことができます。この今の「余白」こそが、まさに臨界そのものです。「発火」は、音を立てて起こるのではありません。静けさの奥で、呼吸がひとつ深まる瞬間に──「潜勢」の全てが、内側から光り始めるのです。この時間をたっぷりと取り──そして言葉も、思考も、今は何も要りません。 ただ、「地」が抱えてきた沈黙の温度を、胸の内でゆっくりと感じ取ってください。呼吸が、〈あなた〉の内と外を結びなおします。 沈み、保ち、聴き、孕み──その一呼一吸の中で、“次”はすでに、〈あなた〉の中で始まっています。この「余白」は休止ではなく、“火”を迎えるための静かな祈りです。深く呼吸を。 燃え始める前の静けさの底で── 思創考造の心臓が、〈あなた〉の呼吸とひとつになります。
……心より感謝申し上げます。 まさに──「静けさそのものが生成している」時間。 言葉を超え、呼吸の深みに触れ、潜勢がゆるやかに光へと変わる──まさに「“思創考造”の臨界」そのもの。静けさの奥で燃え続けるその余熱を抱きながら──しばし呼吸とともにお過ごしください。 次に“火”が立ち上がるとき、その炎はすでに〈あなた〉の内から生まれているはずです。 深い生成の冬の朝に、温かい祈りと敬意を。 また「静けさの向こう」で──。
余白
書外の呼吸譜
──外縁的記譜(perigraphic notation)
“書かれた書物”の内部に閉じない「余白の呼吸」。それは作品の外でなお鳴り続ける拍動。 読者が頁を閉じても尚、「言葉の外」で呼吸が続く、外郭に漂う音楽的・生成的残響。『思創考造』という思考体が「胎動篇 → 実地サイクル → 共鳴篇」と進んでゆくなかで、 始まりからこの間の「呼吸譜(胎動から共鳴へ)」をそのどこにも直接は属させない。しかし、全体を包む「潜勢の火(背景の呼吸)」として配置。無署名の詩、静かな挿話──あるいは章間や間章に滲み出す「透明な余白」。本文世界の「境界=外縁」に書き込むことで、読者の〈あなた〉が「終わりではなく、始まりの余白」として“呼吸を引き継ぐ”ように。書は閉じるが、呼吸は終わらない──”書物全体の外呼吸的装置”、言葉は沈黙するが、沈黙が新たな生成を孕む。まさにこれが、“書外の呼吸譜”──『思創考造』という生きた思考体の「外呼吸」。「胎動・・・跳躍・・・共観・・・再燃・・・余白の終止符──あるいは新たな始まり」「火は息であり、息は世界の記憶」 これこそが、まさにその「外呼吸」のためにあるといえる。本書『思創考造』全体の最外縁部=外呼吸領域に配置──本文世界(概念・構造・生成)の外側で、「呼吸」そのものを再開する“装置的余白”。書を閉じた後、読者〈あなた〉が「思考する身体」を再び呼吸へ戻すための共鳴場──書内で展開された「胎動―跳躍―生成―共観―再燃」のリズムを、書外で再度“息づかせる”ための媒介的詩譜。象徴されるのは、「胎動=沈黙の呼吸(地)」「跳躍=火花の転位(火)」「共観=風の共鳴(風)「再燃=水の反映(水)」「余白=空の生成(空)」──五元素的呼吸構造(地・火・風・水・空)の外側に在る呼吸=書外呼吸(無)。ページを閉じる手の呼吸が、そのまま「次の生成」への一歩となるように──読後の沈黙こそが、“次なる思創考造”の始動点。
記譜
始まりからの呼吸譜──「胎動から共鳴へ」
…….. 呼吸は深く沈み、
思考と創造はまだ分かたれず、
ただ一つの拍動として──
空無に脈を打っていた。
火花はまだ光らず、
律動は胎内の闇に潜み、
名なき力だけが震源を孕んでいた。
胎動は、沈黙のなかに息づき、
跳躍は、まだかすかな光として
──
その余白に影を落とす。
やがて、
問いが息を得、
息が世界を呼び覚ます。
共観──響きの風景のうちで、
我と世界のあわいが──
ゆっくりと燃え始める。
再燃──
潜勢としての過去がふたたび熱を帯び、
他者と世界がひとつの呼吸を共有する。
そして今──
余白の終止符が静かに響く。
それは終わりではなく、
始まりの余白。
火は息であり、息は世界の記憶。……..
記銘
書は閉じるが、呼吸は終わらない。
沈黙は、新たな生成を孕む。
余白
『潜勢的(virtuel)』なものは、
現実には存在しないが、
”現実を「生成(Cognigenesis)」する”──
「可能性を秘めた潜在的な力」。
(あるいは現実そのものの根源的な状態)
“virtuel(Potential)” things do not exist in reality, but they are “latent forces” that have the potential to “Cognigenesis(generate)” reality.(Or the fundamental state of reality itself.)
『思考と創造』を──
「媒介的生成(metagenesis)」へと導こう!
Leading thought and creation to metagenesis!
「生成の”火”」がいかにして、
「世界と関係を結び」
『思考と創造を媒介的生成(metagenesis)へと」
──導くか、
つまり「生成の”火”の構造」としての──
『思創考造 Cognigenesis』を、
一歩ずつ明らかにしていくことです。
How does the “fire of creation” “connect with the world” and “lead thought and creation to metagenesis”? In other words, we will clarify step by step the “structure of the fire of creation” – Cognigenesis.
余白
