日光占術|観氣(かんけ)step.9:前成

 

 

 

 

  ── 未然に息づく生成と運気 ──

 

 

 

 

『観氣(かんけ)』の黄金句 (golden phrase)である「生成と運気の前成層」とは、「”占想(思考)=創造(占態)”の前景圏──未形の”震源”」です。『生成の縁起=運気の縁起』 =「生成は運気にあり──運気は生成にあり、”今”は常に「生成は運気の時(時間)にあり、運気は生成の時(時間)にある。」ということにおいて「現実を”生成”する運気──運気と生成される”潜勢的”」です。”Cognigenesis”(自己生成の震源)」→ その前段階としての “震源としての「潜勢」”。”Cognigenesis”(自己生成の震源=”運気の震源”)を理解するには、その“前地”としての『震源としての”潜勢”』を先ず呼吸しなければならない。「 炎舞 」THRESHOLD OF GENESIS “生成と運気の閾”における「火の呼吸 ”Fire Breathing” 」による「転位ラインの“深呼吸点”」です。”Cognigenesis”:震源が実際に”自分を生み始める”現象。震源としての「潜勢」:震源が未だ震源になる前の震え始める力。これがピタリ!と嵌るのは、私たちが既に実践している『観氣(かんけ)』においての「差異の欠片」「無名の瞬間」「中動態的主体」「反射された自分の受け取り(=素材化)」などの一連の概念が──まさに『観氣(かんけ)』における 《 潜勢 → 生成 ”Cognigenesis” と運気”Fortune”》の流れに位置するからです。概念は前に出すものではなく、「伏流」させるもの”です。そして──伏流し続けたものは必ず「転位の瞬間」で像となります。このテキストの黄金句(golden phrase)は──間違いなく「生成濃度(生成力)と運気濃度(運気力)」を決める《地下水脈》になっています。

「無名の力場」=「潜勢的 」──『観氣(かんけ)』において、対象への「”占意”と占い記述」よる〈占針(指針)〉の「”占想=思考”→ ”占態=創造”の地平」そのものを静かに振動させています。現実を「actual《現実化されたもの》」と「actual《潜勢的なもの》」とに分けて考え、現実化されたものは私たちが実際に経験する世界──具体的な事物や現象。その一方で潜勢的なものは現実には存在しないが「現実を”生成”し運気づける」──可能性を秘めた潜在的な力。あるいは現実そのものの根源的な状態(=創造)──「潜勢的」。潜勢的な概念は現実を固定されたものではなく、常に変化し「生成」されるものであるという考え方。そして現実には存在しない潜在的な力や可能性を重視することで、私たちの占想を占針した占態(実現)への思考・創造や行動の範囲を広げ、「占態」において生成と運気の新たな創造性を生み出すことを可能にします。「”思考(占想)”と”創造(占態)”」”を生み出す側にある──”生成力と運気力”の「力」= 前思考・前創造の震源「潜勢的」──これは非常に重要な論点である。『観氣(かんけ)』において──「潜勢的」 は単に“可能性”や“まだ現れていないもの”ではなく、むしろ──「”占想=思考”→ ”占態=創造”の地平」そのものを静かに振動させている──「無名の力場」 に近い構造を持っているといえます。以下にこの「”思考(占想)”と”創造(占態)”」体系に最も適合する「潜勢的」の定義と表現を幾つかのレベルで整理してみることにしましょう。

「潜勢的」とは、”思考(占想)”と”創造(占態)”を未だ形づくる前の〈震えている場(field of vibration)〉──”差異”が生まれる直前の殆ど”気配のような力”。ここで重要なのは──「既にある”潜在性(potential)”ではない」「”生まれようとしている運動”そのもの」「主体と世界の境界以前の“気息の圏”」──という点です。『観氣(かんけ)』において常に扱っている「差異」「跳躍点」「”Cognigenesis”(生成)」「触発」「余白の濃度」──これらは皆この「潜勢的の現れ方(=結晶の仕方)」にすぎません。「潜勢的」は、「”思考(占想)”と”創造(占態)”」のどこに位置するのか? 結論から言うと、潜勢的は思考と創造を“生み出す側”にある力──未解明の「未然層(伏流)」=「未然に息づく生成」(直感している“未然層”)という何か? 未だ伏流する”透明の生成・運気場”あるいは無名の生成・運気場”の「震源」──つまり「占想=思考そのものでもあり」「占態=創造そのものでもあり」「しかし未だそれらに“なっていない”。」──この「まだ~でないが既に震えている」という性質が──まさに次へのテーマである「差異の欠片(かけら)」や「初期震源の無名性」と完全に一致しています。

『観氣(かんけ)』の世界観と──「最も合う”潜勢的”」の言い回しとして──「未形の震源」:形を持つ前の震え、意味を持つ前の息──「思考(占想)=創造(占態)の前景圏」。背景ではなく、前景に滲み出ようとしている圏。「差異が芽吹く基底のゆらぎ」:差異は“生まれる”のではなく、“揺らぎから湧く”。「生成と運気を要求する力の濃度域」:余白の「濃度」概念と完全に共鳴。「可能性ではなく“差異の予兆”」:可能性と潜勢的の違いを最も端的に示す表現。「前反射的な気息」:知覚に映る前の呼吸のようなもの“前夜”にあります。「”生成と運気”の前成層(pre-stratum)」:『観氣(かんけ)』の占術構造に自然に接続します。

「潜勢的」とは、思考(占想)=創造(占態)の直前にある “生まれの震源”。差異の初期振動。未形の気息。”Cognigenesis” の前駆的濃度”。特にテーマとなる「差異の欠片(かけら)が胸奥に微かに触れたとき、その背後で「未形の震源──潜勢的な揺らぎが静かに息をしているのを感じた。」──「潜勢的」とは、このような“呼吸の地層”として扱い、『観氣(かんけ)』の世界観に最も合致します。概念体系図として「潜勢的」を置き、「潜勢的 → 差異 → 跳躍点 → ”Cognigenesis” の流れ」を可視化する──まさに今、捉えて掴みかけているこの領域は、言葉にすると薄れてしまいがちな──しかし確かに“息づく前段階の力”そのもの。「思考そのものでもあり、創造そのものでもあり──しかし未だそれらに“なっていない”。既に震えつつ、まだ名を持たない。」──まさにこの性質は「潜勢的」 の”核心”です。

 

 

探る「潜勢的」の言い換え:

 

①「前創の息(ぜんそうのいき)」──
“創造になる直前の、震えの呼吸”。生成論的であり、これまでと一貫する「呼吸」「息」との強い連結。

②「未名の震(みめいのしん)」──
“まだ名を持たぬが、確かに震えている力”。これから扱う「初期震源」との非常に高い高い連続性。

③「前成の力核(ぜんせいのりきかく)」──
“成る前に潜む、核のような力”。構造的・思考的な強い響き。これからの理論パート。

④「潜在呼(せんざいこ)」──
潜在+呼=潜在的に呼吸しているもの。「潜勢」の ”息づき始める”性質の新語。

⑤「差異源(さいげん)」──
“差異の欠片(かけら)”が生まれる源。概念と『観氣(かんき)』 との語彙の融合。

⑥「生成・運気前野(せいせいぜんや)」──
生成が未だ形を取らない野生の領域。”運気”の「前野・前地」としても扱う。

⑦「無名の生成質(むめいのせいせいしつ)」──
“「生成と運気」の質”だが、未だ名がない。『観氣(かんけ)』での最も近い「原質(pre-substance)」。

 

 

総括すると、私たちが今歩いているのは──まさに「未だ思考でも創造でもないが、既に占想と占態の”核”として震えている」という場である。これは「潜勢」を、『観氣(かんけ)』の占術体としての言葉で言い直すと──「未然層(伏流)」=「未然に息づく”生成と運気”」(直感している“未然層”)」という何か? ──即ち前地(フロア)」として”伏流”しつつ徐々に解明しながら、後々に像を持ち始める概念の「透明の生成・運気場」、あるいは”無名の生成・運気場”ということになる。『観氣(かんけ)』の骨格(構造)にも「呼吸(文体)」にも完璧に噛み合います。『観氣(かんけ)』の基底語として定義し、“母語”として定着させる。「自己生成=”生成と運気”の震源」→ その前段階としての“震源としての「潜勢」”──この接続は、『観氣(かんけ)』の動線において次のような「流れ」を作り出してみましょう。

「主体の震源(生成と運気)をどう“生まれさせる”のか?」──ここに “震源としての「潜勢」” を置くと、震源が未だ名を持たない段階=潜勢=特に「差異の欠片」「初期震源の無名性」「日常の微細な徴」「まだ思考でも創造でもないが既に震えているもの」→ これらすべてを “震源としての潜勢” として総括できます。──「潜勢」が転位”し「自己生成」が起こる段階 =「転位点」「間隙」「胎動」「自己生成(生成と運気)の震源」→ ここで“震源としての「潜勢」が「自己生成=”生成と運気”の本震」を引き起こす。つまりはこうなる── ● 「震源が実際に自分を生み始める現象」── ● 震源としての潜勢:「震源がまだ震源になる前の震え始める力」──これがピッタリ!と嵌るのは、相談者の〈あなた〉と共にこれまで既に実践している「差異の欠片」「無名の瞬間」「中動態的主体」「反射された自分の受け取り(=素材化)」などの一連の概念が──まさに「潜勢」→ ”生成と運気(自己生成)” の流れに位置するからです。このような“震源としての「潜勢」”は、『観氣(かんけ)』の動線全体を一本の縄のように貫く中心語(基語)として扱え、すべての「見えない軸」がこの語で一本化されます。まとめるならば、「自己生成=”生成と運気”の震源」を理解するには、その“前地”としての『震源としての”潜勢”』を先ず呼吸しなければならない。これだけで、『観氣(かんけ)』の基底構造が立ち上がります。

「潜勢的 → 差異 → 跳躍点 → ”自己生成(生成と運気)”」の流れ──「未然層(伏流)」=「未然に息づく生成と運気」(直感している“未然層”)という未解明の何か? について──結論からいくと、それは”透明の生成場”あるいは”無名の生成場”として、「前地(フロア)」として”伏流”しつつ徐々に解明しながら、後々に像を持ち始める概念になる。これからのプロセスにおいて解明してはいくものの、後々に出すべき核心ではなく、むしろ──『観氣(かんけ)』の最深部に、そのまま“伏流させておくべき根”です。つまり──いきなり大見出しの概念として前面に出すのではなく、『観氣(かんけ)』全体を静かに底から押し上げる“呼吸の地層”として配置しておき、後々の真に必要な「転位の瞬間」で──はじめて輪郭を持ちはじめる言葉として扱うのが最も自然であると思われます。言い換えれば、「潜勢 → 差異 → 跳躍 → ”Cognigenesis”」のこの流れは、そのまま──「運気とともに生成の“深度”」が増していく階梯になっている。階段の上り方としては──「潜勢的= 未だ名を持たない震源=未然の呼吸。」「差異の欠片 = 潜勢が最初の”徴”として現れる。」「跳躍点 = 差異が生きた主体内部で“転位の臨界点”になる瞬間。」「”自己生成” = 主体そのものが生成しはじめ運気づく(生成と運気の震源)。」──この体系はすでに完璧であると思われます。

では──「未然層(伏流)」=「未然に息づく生成と運気」(直感している“未然層”)という未解明の何か? という”透明の生成場”あるいは”無名の生成場”とは、どこに属するか?──「“未然に息づく生成と運気”」→ 潜勢的の“内呼吸”を言語化したもの、これは「潜勢的」の本質のひとつです。つまり──“潜勢的”の説明を支える言葉。──「未然層(伏流)」=「未然に息づく生成と運気」(直感している“未然層”)→ 潜勢と差異のあいだ(=未だ徴(差異)としても現れていない段階)──これは”特に「差異の欠片」”が現れる前に存在する「透明な”力場(場の胚)”」として扱って捉えることができます。では──これらは何時出てくるのか? 結論:“深呼吸点”で満を持して“像”として出てきます。つまり──序盤では、その何か? という名前を出ないが、しかしその“呼吸”だけは全体に「伏流」している。中盤~終盤の跳躍点 →『生成と運気”の橋」で、はじめて先ずは言葉として立ち上がる。これが最も明確で且つ美しい「伏流」の在り方です。

この「“潜勢的”に対する問いの呼吸」は、まさに日常の地層(=生成と運気の地層)そのものを震わせています。受け取った額面通り──概念は“前に出すもの”ではなく、“伏流させるもの”である。そして、伏流し続けたものは必ず「転位の瞬間」で像となる。間違いなく『観氣(かんけ)』そのものの濃度を決める「地下水脈」になっています。

どうぞ…相談者の〈あなた〉自身の”再生”の中で、”未だ名前を持たない呼吸たち”をそっと沈めてください。静かに、ゆっくりと、”呼吸の奥で再生”してみてください。「再生」とは”記憶ではなく”、「生成の続きを受け取る行為 」です。それらは後に必ず、最適な場所で観者となった相談者の〈あなた〉の手の中に”運気と共”に現れます。”生を成しに向かわれるその歩み”が、「“潜勢的”に対する問いの呼吸」とともに深く息づきますように。このような今後の展開とテーマ──「日常見」の”呼吸リズム”は、『観氣(かんけ)』』という占術体の全体が志向している──”日常の地層音(key-tone)=生成と運気の地層”を背景に響く”「呼吸する占術」「生成する占術」「相談者が歩く占術」に”ピタリ!”と一致します。これから”美しい「日常見」の芽生”──身近は間近、”暫くの間” for a while …….. それまで日常の反復や慣れを急がずに時間をかけて──「ゆったり過ごす」ことです。忙しい日常から解放され、リラックスした時間を大切にして、「日常見」は──心にゆとりを持って穏やかに ……..

 

 

 

 

         actual-virtuel

     Cognigenesis

    THRESHOLD OF GENESIS

 

         GK.kenzie

 

  日光占術 KANKE『観氣(かんけ)』

 

 

 

 

….. ポジティブとネガティブの陰陽を完璧に打ち消す真っ白と真っ青に光差す「対等の反転円(因・縁・果)」により同一性から繰り返し生まれ続く「生成と運気」=差異と反復に〈あなた〉の”感性”は? …..

 

 

   ── 生成の縁起=運気の縁起 ──

 

 

『生成は運気にあり──運気は生成にあり』。

 

”今”は常に「生成は運気の時(時間)にあり、運気は生成の時(時間)にある。」──この段階の”今”こそ──まさに「生成と運気」の第一息として、美しく手応えのある濃度になるでしょう。「日常の地層』=日常は”生成の地層”であり、”今なにが起きているのか”──「日常の全てを大切な”縁(えん)”として生きる」ということであり、「有時」──有と時の連なり=存在に即した時間/存在とは悉く時間に他ならない)ということの日常的実践──すなわち「生成の縁起=運気の縁起」であるということの日常的実地そのものだと思われます。「生成の縁起=運気の縁起」において──”心通”こそが人それぞれに観て取れる”氣”。
過去・現在・未来──皆それぞれ様々な因と縁が関わり合って生じる因縁生起「縁起(えんぎ)」は、常に絶えず心が通る波長の氣により無相に生成され──まさに”潜勢的”。
”縁”とは、人が生きる「母床」の”種子”として皆誰もが持ち、心は表に現れずして「心通」は「氣」とともに途絶えることなく、”縁”は永遠に離れず繋がり永久に切れることがありません。
自分の”心”を通す「縁」に生じ起こる”氣”(未然の生成=未到の運気)を探り、自己の生成と運気に「潜勢的”力能”」を見出すことができます。

感覚は愛好・選好的に伴う知覚経験として思い込みに惑わされた心の執拗性を抱き、感情は思い通りの心を表に現すことにより”心通と氣”を見落とし「感性」を見失うことになります。本来「感性」は”悟性”の素材であり、その悟性を通して理性・知性となるのです。感覚や感情に押し流され運気が滞りがちになりますが、未だ気づきの眼前にない「感性」は『観氣(かんけ)』に依る「”運気”の基底=”悟性の素材」であり、感性に受容された感覚内容に基づく「能力・知力=”力能”」として「感性」が拠り所である生成・運気と縁起の流れに発現します。それにもかかわらず、思い込みに惑わされ感覚的且つ感情的に触れ触れられ思い通りの心を露わに(顕に)すればするほど、知らず識らずのうちに縁起は真っ逆さまに生成・運気は宙吊りとなります。

心を通さずして思い込みの心ばかり表に現す感覚と感情の思い通りに惑わされた欲と我執は感性を衰退(衰弱)させ、生成・運気と縁起のエネルギは枯渇するのです。特に我の強きは感性の天敵ともいえ、「生成・運気=余白」と「縁起=跳躍」を自ら綻びさせ、自ずと感性と生成・運気に見通しの読めない”裂け目”をもたらすことになります。縦しんばその様になったとしても、永遠に離れず繋がり永久に切れることのない”因・縁”は「跳躍の前触れ」である「感性の躓き=観氣(かんけ)の沈黙と誘い」において”開化(かいけ)”することにより思い込みや思い通りを超え──「生成・運気の基底である悟性」へと目覚めることができます。(占術の倫理:依存や金銭搾取を避けて相談者の自己決定を尊重することが中心)──よって月星占術とは、人それぞれ「感性」に付き従い”潜勢的な力能”の手掛かりを掴み、生成・運気の縁起を──まさに生成し続けてゆく「創造=持続する生成・運気」そのものが『観氣(かんけ)の”法”』だというわけです。

類型化された一般的(典型的)な占いは、人それぞれ予測的な物事の可能性における運勢判断として、良きにつけ悪しきにつけ潜在的可能性を強調した「局所的変容(基軸:”自己変容”)」を求め、内側に潜んでいる性質・力と物事が実際に生じ起こりうる見込み・見通しなど対象への占意から占想までは定型化されるものの占態へのより具体的な法(又は方略)を持ちません。特に現代では──「脳裏に浮かび揺れ動く瞬間の神泥棒的な閃き」「霊妙に仲立ち媒介する感応の霊の欲望的な響き」など──”spiritual(スピリチュアル)”に依った占方(占形)が先立って駆使されるなど──”運勢判断”は多様性の現在において学問的な裏付けがない占星術をはじめとした独自の理論や個人の経験で構成されている面が強いものと思われます。

「生成の閾(いき)」を横断する鍵語。──『臨界』。ある機会・場面に”ぶつかる”──そして向かい合う=”臨む”──だがしかし”望む”ころに到達(達成)できない理由が明らかになり、納得して諦め断念する──という占う対象に対い望む占意が占い描き観た占い記述からの占想「思考」=占態(望みの実現)への「創造」的プロセスを──そこに見出せるだろうか? 観者となった相談者が占意の対象に沿った占想において思考・創造する──この迷いの思考(=占想)と創造(=占態)とは”合致”しないという現状認識。それは飽くことなき”望み”から生ずる──という原因究明。この「境域=臨界」に得るには正しい方法に依るべきことかもしれない。占態への占想と占い記述は──まさに“火の呼吸”の中核に位置するもの──「潜勢」が熱として目覚め、「思考」が”火”として立ち上がり、「創造」が”光”へと転じる──まさにその発火の瞬間の占い譜面=『観氣(かんけ)』の発火譜である。臨界とは──境域が呼吸し始める点。それは“破断”ではなく──まるで“接触”の瞬間であり、「内」と「外」、「個」と「他」、「潜勢」と「現勢」が――互いに触れ合い、呼吸を交わし始める。その僅かな接触領域が臨界──つまり臨界は対立の間に現れる”共鳴膜”として、”静止と運動/崩壊と生成”が共存する場ですらある。それは境域が境界であることをやめ──あたかも”呼吸する場”になる瞬間。

日光占術 KANKE『観氣(かんけ)』の「占方(占形)と月星占術」と付随するコーチングは、「未然の生成=未到の運気」=「基底:”自己生成”」そのものの具体的実施プロセス(カルチュア:”醸成”)という『観氣(かんけ)』そのものの”実践”です。「生成」と「運気」が別々でなく──ひとつの”生成線(ジェネシスライン)”として現れる現象にあり、「運気が生成を照らし/生成が運気を溶かし/双方が相互に生成し続ける」──これが『観氣(かんけ)』が名前として示す「基底:”自己生成”」。私たちに渡された”火種”=「生成の縁起/運気の縁起」の”現勢と潜勢”を求める「心通と氣」とは、自分の”心”を通す「縁」に生じ起こる”氣”に「未然の生成=未到の運気」を探ることであり、”日常の地層(=日常の生成層)”において──自己生成・運気の地力=「潜勢的”力能”」を見出し発現させることにあります。縁起は外にはなく、私たち自らが伏流する「運気=力能」──”潜勢的”。生きることは縁起を進むことではなく、自分を興ず(起こす)「縁起」に自身が歩まされていることです。自図に生起する生成(又は転成)とは、”すべてを抱く肯定”であり、完成ではなく”持続する始まり”──すなわち「生成変化し持続する」=「創造=”動く”生成(持続する生成・運気)」。『観氣(かんけ)』の”沈黙と誘い”は一気に「縁起の母床──”具体場”」へと、”心通と氣”は静けさの奥で未だ名も無い道をひらく。足を止めたとき、もう運気がより上がる勢いの興図に自らが立っていた。それは終わりではなく、”生成の縁起”が次の姿を選び取るための「呼吸(心通と氣)」は「感性(悟性と運気の素材)」だった。

これまでが場を生み出す生成・運気だったとすれば、これからは生きることそのものを生成・運気として観る──つまり「生成と縁起/運気の縁起」に広がる形。
”感性が躓き”となるとき──それは未然の自らの興図の根に接していることになり、私たち自らの足元にある「生成・運気の自図」は屡々その見えない興図の根の網(基底)に触れる瞬間=「問い」──「感性の躓き=”跳躍”の前触れ」として、それを危険ではなく「縁起(生成・運気)の震源」として受け止めることが私たち自らの構えとなります。興図の根の網(=”縁”の基底)とは、言葉になる以前の前成層──「未然の生成=未到の運気」=”縁起”の発火点であり、「沈黙と誘いの母床/母胎)として、それは生成・運気の自図を下から支えている──”目に見えない縁”の根茎構造(リゾーム:”縁”のどの点も他のどの点とも接続しうる非中心的で多方向的なネットワーク)です。ゆえに「感性の躓き」の”問い”には、答えることよりも”『観氣(かんけ)』に触れ触れられる”ことが大切なのです。人それぞれ『観氣(かんけ)』における基盤(月星占術と因・縁・果)=反転円があり、「縁数・縁位」と”直交円”=気縁・機縁/「感性」と”生成・運気円”=縁起・縁因/「力能」と”潜勢円”=縁由・縁成の重ね合わせに”結び目(結実)”を求める多岐にわたる無限遠点からの極めて直線的な「生成・運気と縁」の集積化です。(註:縁数は数字の気縁/縁位は方位の気縁/機縁はその切っ掛け)

「縁は”結び目の転成”」──つまり交点の入れ替えとして占術の月星の配置や配座が反転・回半(回転してから反転)する交代結び目こそが私たちに渡された”火種”=「生成の縁起」の”転位”そのものです。すなわち──全体の運気(=力能)とその中の個別の縁起(=生成)=跳躍点の第一震源(=転位の震源)として── ”潜勢的 → 差異 → 新生 → 誕生”の流れにおいて人それぞれの”心通と氣”による縁起の生成・運気と力能の発現にある「占意と占想による占態=結実」が『観氣(かんけ)』というわけです。「今なにが起きているのか」──今の力”潜勢”/今の閾”転位”/今の場”跳躍”/今の種”発芽”/今の拍”共振(月星)”が集約された”『観氣(かんけ)』に触れ触れられる反転転換(転位:運気と縁の向き・順序・位置を変える)”──跳躍点(転位の臨界)→ Cognigenesis(自己生成の震源)。日常見に現れる生成の前生層における”畏れ・間隙・胎動・縁起”という「生成・運気の地熱」が上がっていく中で──「反転円」をうまく選ぶことによって反転前の運気と縁の世界よりも反転後の「占態=結実世界」の方が強く上がる勢いを見せるといった同一性から繰り返される”生成・運気=差異と反復”に縁起は──まさに生成され続けていきます。”興図の根の網”は私たち自らで”踏む場”に委ねるものとして──私たちの「生成・運気の場=縁」に宿すものであり、だからこそ「余白(生成・運気)」と「跳躍(縁起)」は──そこに”沈黙と誘い”が配置されているだけでいいことになります。

『観氣(かんけ)』の具体場における始まりは──「生成・運気の”触地”」として立ち現れる“場の展開と実践の接地”において傾聴する対象の実事要素に伴い対う(むか・う)べく”観者として相談者”の〈あなた〉自身の「内面の表現」が首途となります。〈占いを”見る”〉その”占想の占い記述”を起因に『共観」は──抽象的且つ多様で紛錯とした「占想」から結果的に「占態」とへ還元するがためにの”共生振動”となり、「生成の縁起=運気の縁起」を見出す”感性”となるべき自己生成:”問い”の探求(問い掛け)へと〈あなた〉は”占想”を片手に歩き始めることになります。──”問い”を立てたそのものこそ《占いを”描く”/占いを”観る”》導火線となり、相談者としての〈あなた〉自身における“経験のしかた”が──観者としての〈あなた〉の「占態」における”実際の実地”として接続し展開されうるということです。

”占想”を片手に「歩く」=”日常の地層(生成の地層)”に「占想」は息づいています。『観氣(かんけ)』の具体場に”歩く占想”は「占針」=指針──〈”意”の針〉として、感覚を除いた「思考・創造」などの心の働きとその作用を指す”心”を通す(心通)「縁」に生じ起こる”氣”(未然の生成=未到の運気)を探り、自己の生成と運気に「潜勢的”力能”」を見出すことができます。敢えて〈占いを”見る”〉ことなく、「占想」は”気づきの占意”となって「生成(運気)の”触地”」へと招待するでしょう。──つまり指標である「運気の縁起=未然の生成(生成の縁起)という「縁=心通」こそが人それぞれに描き観て取れる”氣”であり、「占想」を単なる”占い記述”にすることなく──生成と縁起(運気と縁起)の拍の質を変え、場に発芽(顕現)させ、”月星と共に”──その「占態」を”生運の拍動”に共振させるのです。

「”縁”の風(縁起)」を起こして生きるのではなく、「運気と氣の”風”」に触れられる自分自身の「旋風(つむじ)」を知る──ここから先は”生”そのものが楽曲だった。
空間に浸り時間に流れ風景を生きる人間。人間の象徴として「生きる風景」そのものが人の微妙な”心通”を語っている。「月星」と共に人の生きる風景の”氣”は覆い隠せない。人間の生きる事実として「風景に生きる」自分自身の反映─その中に奥深く自らを投入してゆくことにより、「生きる風景」の微妙な”心通と氣”──すなわち「”月星と共に”生きる風景」は、敬虔な気持ちを呼び覚まし、人は気宇と謙虚な気持ちになることができ、生きる風景の深みに人間の深みと自らの”心”の奥深くを”氣”から悟ることができる。
人が生きる母胎の”種子”である「縁(えん)」は”心”を通す波長により醸成する無数の”氣”に支えられて成り立つ「生成(運気)の縁起」。《占いを”描く”》と《占いを”観る”》結び目の《共観》において私たちは『観氣(かんけ)』に必ずや──”月星と共に”「強運の”実”=生成・運気(結実)」を結んでみせるでしょう。

 

 

 

 

….. 内奥の〈わたし〉が──
わずかに揺らぐ。
それは説明でも比喩でもなく、
自明性がほんの一瞬だけ剥がれ落ちる。
「生成の縁起=運気の縁起」の前兆──
”微かな揺れ”そのものである。

この揺らぎを拒まないとき──
〈わたし〉の内部に沈んでいた “差異” が、
まだ名も持たない小さな ”birth” を起こし、
それがやがて──
「”未然”の生成と運気」の最初の微震となる。

”差異”の欠片(かけら)──
その最小単位だけで十分である。
そこから「生成の動線」は静かに伸び、
「運気との共振」へとつながる──
──《
種線(seed-line)》が現れる。

”差異の欠片”が置かれた瞬間──
《潜勢》として”伏流”していた「力能」は、

その差異を核に、地勢と地力のかたちを帯びる。
「転軸」のそれは未だ”跳躍点”ではない。

しかし、確実にそこへ向かう線である。

光の照らす「月浦(げっぽ)に”潜”を充す」──

”月相”と”星相”の結び目=「転位」。
〈あなた〉と世界の回りが変わる長期的な覆る変化。
入れ替わる──”
転換(Paradigm Shift)”に伴い、
新しく生まれ変わる”新生世界”の入り江=『真際」。

〈あなた〉の”差異の欠片”を──

どんなに小さなものでもそのまま置けばいい。
それが「起点」になる。…..

 

 

 

 

日光占術 KANKE『観氣(かんけ)』

観師:小林 芳鳳 (GK.kenjie)

add. 栃木県日光市 日光山内

tel. 080-1998-6082

 

 

《ご案内》

日光占術 KANKE『観氣(かんけ)』

◯ 観氣料
1ヶ月 ¥10,000.〜(月星占術/コーチング)
※ 1stage:1ヶ月4回〜

◯ 月星占術料
1回 ¥5,000.〜
※ 随時:プロセス進行〜

◯ 初期基盤料
1回:無料(観氣/月星占術)
※ ご提案:プログラム設定〜

◯ 大観氣料
1回 ¥20,000.〜
※ ご相談:月星次の観氣適応~

 

 

ー《全予約制:対面/オンライン/電話/メール/他・出向》ー

 

 

《お知らせ》

◾️「大観氣“予祝祭“」開催
※ 例年大祭:2026年8月13日~

◾️「観氣塾」:セミナー開催
※ 毎月1回:¥15,000.-(席数:15名様)
ー 参加予約受付中 ー

 

 

《お問い合わせ/ご相談》

日光占術 KANKE『観氣(かんけ)』
➡︎ http://www.office-kanke.com
OFFICE KANKE「思創考造 Cognigenesis」
web email ➡︎ Contact page