思創考造 Cognigenesis thinking 第Ⅱ部:「思創考造の力風」   第1節

 

 
Cognigenesis  Part-Ⅰ  Part-Ⅱ  Part-Ⅲ  Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)
 

 

 
       
 

 

 

Painted 19th century Tibetan mandala of the Naropa tradition, Vajrayogini stands in the center of two crossed red triangles, Rubin Museum of Art, 150 West 17th Street between the Avenue of the Americas (Sixth Avenue) and Seventh Avenue in the Chelsea neighborhood of Manhattan in New York City.

 

 

 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 
【第Ⅰ部】:「思考と創造の交差点」

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DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE

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第2章:
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」

第1節:
「震源に触れる──間隙の胎動とCognigenesis」

 

 

問いは呼吸となり、呼吸はやがて、意識の奥へと沈み込む。

そこに在るのは、言葉にならない揺らぎ。

まだ“思考”にも“創造”にも分かたれぬ、

名もなき動き、名づけ得ぬ震え──

それは、恐ろしいほどに、畏れ。

思考がまだ芽吹く前、

生がまだ形をとる前、

意識が届くか届かぬかの、その手前で、

深い深いところから、震えている。

それはまるで、

私たち一人ひとりの内にひそむ、“根源の「胎」”が、

自らを思い出そうとしているかのように。

この微かな震えが、跳躍を孕んでいる。

跳躍は動作ではない。決断でもない。

それは自己生成の震源から立ち上がる、

Cognigenesis(コグニジェネシス)──

思考と創造が未分化のまま共鳴し、

存在の深層で自ずと胎動する生成の契機。

胎内とは、もはや身体の奥ではない。

それは空間の間隙(かんげき)に孕まれた異次元の余白であり、

静かに、しかし確かに火花を宿す。

その火花はまだ、炎にならない。

だが、消えもせず、たぎりもせず、

静かな“ほとばしり”として、世界の縁を揺らしている。

律動の厳かさ──沈黙と火花のあわいに。

沈黙とは、ただ音のない状態ではない。

それは、律動が限りなく微細になり、なおかつ厳かに響いている状態である。

この律動は、外界に発せられるリズムではなく、

私たちの存在そのものを、根底から支える拍動──

それは「生まれる前」からすでにそこにあるかのように、

胎内のような空無の奥で、かすかに、しかし決して止むことなく響いている。

このような律動は、「畏れ」と通じている。

それは私たちの知覚や思考を超え、

“我”の輪郭を脆くするような震源的作用を持つ。

そして、まさにその脆さのなかにこそ、創造の火花が灯る余地が生まれる。

──火花は、音もなく、閃光もなく、

だが確かに、空無の沈黙のうちで生じる。

それは、律動の沈黙が一瞬「跳ねた」痕跡にすぎない。

この一瞬の跳躍、それが Cognigenesis の極点である。

「思考」はまだ現れておらず、

「創造」はまだ形を持たない。

しかしそこには、確かに──

火の芯が生まれようとしている。

そして、こうした律動は決して「一定のリズム」ではない。

それは、変容しうるリズム、

“転調”し、“転位”するリズムであり、

まるで共鳴核が別の層にスライドするような響きの移行である。

このとき、私たちは何を聴くのか?

何を感じ、何を問おうとしているのか?

それはもう、「知覚」でも「認識」でもなく、

存在としての“耳をすます”こと──

すなわち、“深い呼吸に身を浸すような「共鳴の律動」”である。

さらに、それは、

私たちをただ包み込み、受け止めるだけでなく、

まるで応答してくるかのように、

迎え入れ、返答し、共に生成される場でもある。

この生成の場は、静かでありながらも、あらゆる生成の力を孕み、

問いかける私たちに呼応しながら、無限の可能性を育む。

それはまさに、

私たち一人ひとりの根源の「胎」から立ち上がる、

自己生成の震源である。

 

 
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本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』