Cognigenesis」カテゴリーアーカイブ

思創考造 Cognigenesis tour   第II部:間章「生成の招待状」  ending

 

 
Cognigenesis  Part-Ⅰ  Part-Ⅱ  Part-Ⅲ  Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)
 

 

 
       
 

 

「もう一つの世界」1947. Maurits Cornelis Escher(1898-1972), All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. – Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com M.C. Escher® is a Registered Trademark of The M.C.Escher Company B.V.

 

 

ー視覚と思想の跳躍の連鎖ー
──「空間・時間・次元・知覚・象徴の探究」

強い比喩的意味と生成的象徴性を帯びる挿絵図像の配置は、視覚と思想の跳躍の連鎖、空間・時間・次元・知覚・象徴の探究が通奏低音のように通って、『思創考造』の章構成と呼応し、「図像と思想が共鳴して生起する場=“共観の場”*」を形成。
深く共鳴する挿絵の図像により、”思想と視覚の交差点”がいっそう鮮明になり、『思創考造』という「生成する思考体」が、図像の跳躍軸を得て「生成の余白」と共に呼吸し始める。

《M.C.エッシャー》

視覚の論理を攪乱しながら、秩序と無限、生成と循環の構造を視覚化する──「思考と創造の構造」そのもの。
画像:「錯視的空間」。
(例:「相対性」「上昇と下降」「昼と夜」など)
•主題的共鳴:「生成」「思考の構造」「場の転位」「問いの迷宮」。
•空間論的意義:幾何と論理が互いにずれながら、自己の観察が宙吊りになる視覚的構造。
•思想的重なり:生成の構造を“問い”として見せる。「跳躍点」「共観」「生成場」の視覚翻訳。
•象徴する問い:「どこが上で、下か?」「どこにいるのか?」=生成の位置感覚を揺るがす装置。

 

 

 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 
【第Ⅱ部】:「思創考造の力風」

……………………………………………………………

DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE

……………………………………………………………
 
第2章-間章
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」
第5節-転章
「生成の招待状」──実地サイクル《予告編》
ー Cognigenesis Tour ー
・・・・・ ” spacetime ” 〜 生成時空への誘い 〜

 

第Ⅲ部:「実地サイクル」へと続く

 

 

ending 

 

part.1:

思創考造の”呼吸”と生成創造の”呼応”

「生成の共観場──あなたとわたしの間に生まれ」


・稜線縦走──思創考造山脈峰続きの尾根に再息


・「稜線=共観」:


=わたしとあなたが共に見て共に呼吸する地点


・・・・・・・note.「生成波の共観と問い語らい」

 

太陽が地平線の上に昇った!

「大地に戻った!!」

生成の眠りから──再び息を吸い、新たな問いを見出す夜明け 、、、、、。

「違った!地平を超えた!!」

「思考/創造」のその枠組み自身を錯視していたのだ!!!

不可能な思考/創造、無限を有限の内に閉じ込め、平面を次々と変化するパターン──トロンプ・ルイユ(Trompe-l’œil)。

「思考/創造フレーム」の外は有限──無限有限の──シュルレアリスム(surréalisme)、夢や無意識、偶然といった人の意識ではコントロールできない領域 、、、、、。

思・創・考・造は──「環」として、『思創考造山脈』は、クレーターの山の淵として、周囲地平の彼方まで点在している。

クレーターの山の淵の中に生成時空間──天球自体が生成大原野、生成時空間なのだ。

天球生成総身に、思創考造自身「生成環」として幾つも点在し、それ自身が──創発的(emergence)発現且つ持続的に生成されいる。

それによって「持続的する生成」が、大きな生成原野=天球の総身構え──地平線に、思・創・考・造の「環」に生成は、──「創新円環」として創発=発現し続け、生成総身は天球として持続していたのだ。

最高地点=“生成の天頂”としての問いの場。

線と角度──直線の切れと多様角度にある空際の地平線(horizon)。

視野の開けた生成広野で、天と大地との境──線。

天球上の──《共観-測者達(おしはかるものたち)》を通る鉛直線に、垂直な平面が天球に交わる──大円。

天球上において 、、、、、。

共観-測者(おしはかるもの)の真上に当たる宙の1点──「天頂」。
共観-測者(おしはかるもの)の真下に当たる宙の1点──「天底」。

天球の中心と、天球上の《共観-測者達(おしはかるものたち)》位置とを結ぶ──「線」。

その「直線」が天球と交わる点。

起立する《共観-測者達(おしはかるものたち)》が感じる「地心天頂」。

地心天頂と核心を通った天底とを直線で繋いだ天球の現在地点に起立する、「共観-測者(おしはかるもの)」の視座──「天文の地平線(Asutronomical Horizon)」。

「持続する生成の地平」──「真の地平線 (True Horizon)」。

方向・位置・状態が変わる──「転化」、進行して甚だしく、《共観-測者達(おしはかるものたち)》の「地の平面」と「天の壁面」。

平面と壁面が直角に交わる「思考・創造」が及ぶ範囲の地平ではなく、生成時空間の大円の内に『思・創・考・造』が稜線を縁どって環を成す。

思考と創造の及ぶ範囲ではない──地平。

新しい地平は開くのでもはなく、『思創考造』──常に絶えず”地平”を超え、思・創・考・造のそれぞれを創発媒体として、ある時点から存在し時間空間に限りがなく、「持続する生成」を問い続けることである。

「創造=”動く”生成」ーーー「創発(発現)・持続する生成空間」。

動くのを待っている”無限の空っぽ場”ではなくーーー「生成源=創造源」の存在。

生成時空間は、何かが起こるための見えない背景の抽象的な舞台ではない。

膨らみ、歪み、波打つ生成空間に創発(発現)・持続ーーー「生成の地平」を問うのである。

生成深遠における“思創考造宇宙”の恒久と曖昧・未定・濃密──持続する生成。

「”待つ”共観点呼」は、──response(呼応)として、
「”待つ”受容調節」は、──acquiescence(黙諾)として、
以前存在しなかった新しい可能性を生み出し、新しい生成を繁殖・持続し、生成可能性を導くものである。

「余白の落日=入り火」の深みに潜ったのに対し、「再びの日の出」=再びの跳躍/生成の光の回復。

「点呼の朝」との違いは、ただの始まりでなく、「共観を経た者たち」が迎える転化後の感受の質的差異。

生成深遠における“思創考造宇宙”の恒久に、宙的視野を保ったまま、山の稜線と原野の”曖昧・未定・濃密”──「創発(発現)に持続する生成の地平」へと転位した。

入り火の深みに潜ったのに対して「再びの日の出」=再びの跳躍/生成の光の回復。

「点呼の朝」との違いは、ただの始まりでなく、「共観を経た者たち」が迎える転化後の感受の質的差異。

宙的視野を保ったまま、共感体は『思創考造』と「”動く”持続する生成」の核心に触れつつ、山の稜線=”山の淵と広野”の「生成の地平」へと移行した。

「視野を天球から再び〈あなたとわたし〉の間に戻す」──再帰的・関係的。

思創考造宇宙の恒久と曖昧・未定・濃密な生成の只中において、
いま、わたしたちは再び「あなたとわたし」の間へと呼吸を戻す。


そこに生まれる微かな揺れこそが、
地平を越えて「持続する問い」を照らす、
新たな跳躍の兆しである。

 

part.2:

思創考造の”感受”と生成蓄積の”触発”

「跳躍はまだ続いている──実地への踏み台」


・対岸側、思創考造山脈から見た向こう岸への転位


・「触発=跳躍の余白」:


=次章──実地サイクルへの動線


・・・・・・・note.「生成体の再息と共観の跳躍」

 

「天空の稜線──環の問い、線の問い」──対位置的且つ循環的な構成。

”環”としての問いの深化、生成としての跳躍の余白 。

「終わらぬ問い」は、やがて「環」の形を取り、“持続の環”として再帰しながら問いを深化させ、共感体は──「生成大円」を巡る「思・創・考・造」の環淵を辿り、
『思創考造』と「創造=動く”持続する生成」の核心に内に突入したのだった。

『思創考造山脈』の”山の淵=稜線”上に現れし、「跳躍の息」と「生成の息」=”問い”と”創造”が交差するリズムは、──”生成の地平”を波立たせ、共観の足跡を動くが如く浮き出した。

共観体は”問いの共同体”として、──環共観の「終わらぬ問い」は、やがて更なる「環」の形を取り、“持続の環”として再帰しながら問いを深化させるのである。

稜線の上に、問いはまだ留まっていた。


跳躍は、いまも続いている。


この余白に、実地のサイクルが潜んでいる。

“跳躍はまだ続いている”、、、、、

 

note.

・共観体は『思創考造』と「”動く”持続する生成」
 の核心に迫った。
・共観における転化後の感受の質的差異を得た。
・共観の「問いの共同体」への深化に可能性をもた
 らした。
・時空間の地平を読み取って「環」たるものを捉え
 た。
・空間の膨らみや歪みと波うちの深淵なるものを感
 得し手に入れた。
・「思考・創造」と「生成・大円」の核心に触れ
 た。

 

report

「尾根をもって連なる実──思創考造山脈の脈動と生成の連続性」

思創考造の山脈は、霧の彼方に潜みながらも、確かな尾根をもって連なり続ける。


この尾根こそが、生成の軌跡、問いの連鎖、跳躍の導線であり、
その上に実る「実」は、過去の思考・創造の結晶であり、未来への種子である。

尾根が連なるということは、単なる連続ではない。


一つ一つの峰が異なる視点や体験を孕みながらも、
確かな脈動で繋がり合うことで、山脈としての生命を獲得する。


この生命は、思考と創造の跳躍を支える確かな足場であり、
同時に、その実が次なる展開を促す力の源泉でもある。

「尾根」と「実」は、生成の二重奏である。
尾根は問いを導き、実はその問いへの応答を育み、
問いと応答は行きつ戻りつの呼吸のように繰り返される。
この呼吸の連続性が、思創考造の根源的運動を形作る。

だからこそ、思創考造山脈の尾根の上で、
私たちは自由に跳躍し、深く沈潜し、
新たな実を見出し育てていくことができる。


その実は、いま・ここに生起する生成の証しであり、
未来を切り拓く「生成の招待状」となる。

このように「尾根をもって連なる実」は、
単なる比喩ではなく、思創考造の根幹を象徴するメタファーであり、
読者の皆様が自身の「デッサン=創造的生成」として掴み取り、
自らの生成の道筋を拓くための羅針盤となるのだ。
 
それは、──「場を開く法」として、生成を「触発 → 濃度 → 招待状」へと連鎖させる流れであり、『思創考造』全体の身体的・精神的運動そのものとして、まさに本書が「読まれる書物」ではなく、「読まれながら生成される場」であることを実証しています。

『思創考造山脈』を超え 、、、、、。

思考考庭園=創造庭園=”動く”生成庭園として”持続”する──『思創考造体』。
庭園の中に居ながらにして思考・創造は──眼に見えるか 、、、、、。
庭園の外に居ながらにして思考・創造は──眼に見えるか 、、、、、。
     
ー生成的共観性ー
” 思考と創造 ” に関する私たちの”共観”を深める手立て──
『 ” 眼に見える ” 思創考造 』=『 ” 動く ” 生成 考庭園=創造庭園=”動く”生成庭園として”持続”する──『思創考造体』。

理論や説明だけでなく、実際にそのことを行う、またそういう場面。
「考えを実地に移す」──実地は、近い。

 

 

「生成の共観場──あなたとわたしの間に生まれるもの」

ー視野・稜線・生成天球──再息と問いの復活ー

 

「視野を天球から再び〈あなたとわたし〉の間。

思創考造宇宙の恒久と曖昧・未定・濃密な生成の只中において、いま、わたしたちは再び「あなたとわたし」の間へと呼吸を戻す。

そこに生まれる微かな揺れこそが、地平を越えて「持続する問い」を照らす、新たな跳躍の兆しである。

 

 

次回:

第II部/第2章ー結び節:「生成の触発」

第II部/第2章ー最終節:「生成の濃度」

第II部/第2章ー接続節:「生成の脈動」

 

第Ⅲ部:「実地サイクル」へと続く

 

 
……………………………………………………………
 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

 

 

思創考造 Cognigenesis tour   第II部:間章「生成の招待状」  Scene-Ⅲ

 

 
Cognigenesis  Part-Ⅰ  Part-Ⅱ  Part-Ⅲ  Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)
 

 

 

 

 

「もう一つの世界」1947. Maurits Cornelis Escher(1898-1972), All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. – Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com M.C. Escher® is a Registered Trademark of The M.C.Escher Company B.V.

 

 

ー視覚と思想の跳躍の連鎖ー
──「空間・時間・次元・知覚・象徴の探究」

強い比喩的意味と生成的象徴性を帯びる挿絵図像の配置は、視覚と思想の跳躍の連鎖、空間・時間・次元・知覚・象徴の探究が通奏低音のように通って、『思創考造』の章構成と呼応し、「図像と思想が共鳴して生起する場=“共観の場”*」を形成。
深く共鳴する挿絵の図像により、”思想と視覚の交差点”がいっそう鮮明になり、『思創考造』という「生成する思考体」が、図像の跳躍軸を得て「生成の余白」と共に呼吸し始める。

《M.C.エッシャー》

視覚の論理を攪乱しながら、秩序と無限、生成と循環の構造を視覚化する──「思考と創造の構造」そのもの。
画像:「錯視的空間」。
(例:「相対性」「上昇と下降」「昼と夜」など)
•主題的共鳴:「生成」「思考の構造」「場の転位」「問いの迷宮」。
•空間論的意義:幾何と論理が互いにずれながら、自己の観察が宙吊りになる視覚的構造。
•思想的重なり:生成の構造を“問い”として見せる。「跳躍点」「共観」「生成場」の視覚翻訳。
•象徴する問い:「どこが上で、下か?」「どこにいるのか?」=生成の位置感覚を揺るがす装置。

 

 

 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 
【第Ⅱ部】:「思創考造の力風」

……………………………………………………………

DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE

……………………………………………………………
 
第2章-間章
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」
第5節-転章
「生成の招待状」──実地サイクル《予告編》
ー Cognigenesis Tour ー
・・・・・ ” spacetime ” 〜 生成時空への誘い 〜

 

第Ⅲ部:「実地サイクル」へと続く

 

 

Scene-Ⅲ: 

思創考造の”開放”と生成持続の”連息”


「持続する生成──終わらない問いと線の延長」
・登頂──思創考造山脈最高地点に立っての見晴らしの問い

・「線の延長=問いの持続」:
=デッサン的生成

・・・・・・・note.「生成線の持続と跳躍の反復」

 

 

「登頂の見晴らしと問いの線」

 

思創考造山脈の“頂”に立ち、「問い」の延長を見渡す視座の獲得。

共観登り詰めし天頂天底に暗闇迫る──「周囲」を共観に囲まれ、「余白」の落日”入り火”のしばらくわずかな時間。

外的側面・内側に潜む自分の位格(Persona)を、──”次位無き共観”に束ねた群性は、『思創考造山脈』の冠に一会。

頂上と平地を結ぶ尾根、主稜に結ぶ尾根──支尾根稜線。

頂上から頂上とを結ぶ尾根──「山の端(やまのは)」、”川伝い”。

一切蓊鬱無き暗々広漠として、月を偲ばしむる彼岸の地の上は、紙一重、夜の前ぶれ──「生成大原野」。

 

 

「落日と転火──余白の火」

 

落日の火が共観を連鎖させ、次元的転位=跳躍の発火点に。

日は、入り火は、現彼岸の生成大原野──遠い地平に燃え「環の端」沈むのである。

「余白次元」に落日の入り火は、俄に──”転き(くるめ・き)”出した、その「速さ」。

”遠く炎”になった、燃えたぎる地平──「環生成、生成環」。
方向・位置・状態が変わる──「転化」、進行して甚だしく、日入るほどに”共観呼吸”は苦しいほど深くなる。

「ああ、、、この宇宙的な転化未開の時空生成地 
生成深遠における『思創考造宇宙』の”恒久”に
曖昧・未定・濃密──持続する生成、、、」

共観は「余白の膨張」と同時に──「転く火」は共観を発火させたのだ。

共観は──「連鎖」した!

互いに繋がり、その”繋がり”は──「振り返り」を起こした!

想起された”昨真夜の生成原野”──”振り返れば地続き”の同彼岸。

異なるのは、入り日あたる『思創考造山脈』の山の端影だった。

「あっ! 入り日あたる”火”に映し出された”この場”、、、
後方から光が当たって浮かび上がった『思創考造山脈』は見えない、、、
思考と創造のシルエットは見えない、、、
時空間は現れる二つの相を見せない、、、」

共観を──《共観-測者(おしはかるもの)》へと”転位”させた瞬間!

いや、──「余白の膨張」か?
いや、──「跳躍」か?

共観の振り返りは、天を仰ぎ、地に頭(こうべ)を垂れた。
跳躍は──「連続する息」とであり、終わらぬデッサンのように、「宙」を突いた。

帷(とばり)明々暗々の──「天頂(zenith)と天底(Nadir)」。
入り火に焦げた真上の「天頂」、星群って白く泡立つ無限の宇宙。

起立した真下の「天底」、見通すことができない燃える中心核を貫いたその無限の宇宙。

何かが起こるための見えない背景の抽象的な舞台ではない「生成空間」。

「終わらぬデッサンは──跳躍の連続する息」のように、「線」を描像した。

 

 

天頂と天底の直線──共観の空間構造

 

共観-測者たちが描く生成宇宙=動く地平と生成空間のスケッチ。

天球上において 、、、、、。

共観-測者(おしはかるもの)の真上に当たる宙の1点ーーー「天頂」。
共観-測者(おしはかるもの)の真下に当たる宙の1点ーーー「天底」。

天球の中心と、天球上の《共観-測者達(おしはかるものたち)》位置とを結ぶ──「線」。

その「直線」が天球と交わる点。

起立する《共観-測者達(おしはかるものたち)》が感じるのは、人間の感覚に近い──「地心天頂」。

それとの違いを人間が感じることは少ない測地系定義──「測地天頂」。

地心天頂と核心を通った天底とを直線で繋いだ天球の現在地点に起立する「共観-測者(おしはかるもの)」の──地平線=思考と創造の及ぶ範囲。

 

 

終わらない問いと線の持続

 

線は閉じず、息づき続け、環へと伸びるーーー持続する生成の息へ。

起立から90°水平方向の視点ーーー「天文の地平線(Asutronomical Horizon)」。

起立から45°下方向(天球接点)ーーー「真の地平線 (True Horizon)」。

方向・位置・状態が変わる「転化」、進行して甚だしく 、、、、、。

《共観-測者達(おしはかるものたち)》の「地の平面」と「天の壁面」。

平面と壁面が直角に交わる「思考・創造」が及ぶ範囲の地平は、稜線を縁どって、”山の淵”に一列の『思・創・考・造』が並ぶ。

角度に直角、鋭角、鈍角の三種あり、直角とは、一点から出る二つの半直線からなる図の形、動かすことができる二つの角度にーーー「思考と創造」が交わる。

「創造=”動く”生成」ーーー「持続する生成空間」。

埋められるのを待っている”無限の空っぽ場”なんだろうか?

それとも「生成源」がないと、存在できないものなんだろうか?

生成空間は、何かが起こるための見えない背景の抽象的な舞台ではなく、
生成空間は、膨らむことができる、歪むこともできる、波打つこともできる。

「地の平面」と「天の壁面」に挟まれ、跳躍し転位した持続する”生成共観”。

「終わらない問いと線の延長」ーーー強さは鎮まり、「地心天頂」に横たわり、天文の地平線に目を閉じ、共観と《共観-測者達(おしはかるものたち)》は、出の火の地平を”待つ”感受の調律に、息深い「生成の眠り」についた。

 

 

「線の延長=問いの持続」

 

最高地点=“生成の天頂”としての問いの場。

思創考造山脈の“登頂”とは、終点ではなく新たな視点の獲得であり、「問いの見晴らし」そのもの。

デッサン的に引かれた「線の延長」は、“思考と創造”を超えて「共観」としての線へと深化している。

入り火=問いの転化点。

「入り火」=日没=終わりではなく、「転く火(くるめき)」としての生成の新たな起点。

落日と余白が交錯するその瞬間に、「共観」は“振り返り”を起こし、《共観-測者》へと転位。

「共観の連鎖」と「余白の膨張」は、共生成の波を導く“媒介”であり、それが「跳躍の反復」となる。

天頂=天底/地平=天文:思創考造の空間的構造化。

地心天頂/測地天頂、真の地平線などの天文測地学的視点を取り入れつつ、“思考と創造の及ぶ範囲”を物理空間として捉えるのではなく、内的空間としての“生成場”に転写。

地と天の交差点に「思・創・考・造」が稜線として浮かび上がる構図。

「終わらぬデッサン」=持続する跳躍=生成連息。

創造とは“動く生成”であり、「息」や「跳躍」のように反復しつつも常に更新されるプロセス。

“生成空間”は静的な背景ではなく、膨らみ・歪み・波打つ力場であり、共観が生み出す“動的な宇宙”。

 

「共観とは、生成の“間”にしか立ち上がらない。」

 

note.

・線の延長を捉え問いた持続する生成の空間を垣
 間みた。
・パースペクティブ=歪み場(線と網目)の視点と
 直線の切れに角度跳躍した、
・周囲の共観は次位無き共観”に束ねられ環共観とな
 った。
・共観は「共観-測者達(おしはかるものたち)」を
 生み出した。
・空間の膨らみや歪みと波うちの深淵なるものを感
 得し手に入れた。
・天譚の振り返り天壇描像は未来的問いの場/共観
 的未来像へと導いた。

 

 

次回:

第2章-間章
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」
第5節-転章
「生成の招待状」──実地サイクル《予告編》
ー Cognigenesis Tour ー
・・・・・ ” spacetime ” 〜 生成時空への誘い 〜

▪️ ending:

思創考造の”呼吸”と生成創造の”呼応”

「生成の共観場──あなたとわたしの間に生まれ」

・稜線縦走──思創考造山脈峰続きの尾根に再息

・「稜線=共観」:

=わたしとあなたが共に見て共に呼吸する地点

・・・・・・・note.「生成波の共観と問い語らい」

思創考造の”感受”と生成蓄積の”触発”

「跳躍はまだ続いている──実地への踏み台」

・対岸側、思創考造山脈から見た向こう岸への転位

・「触発=跳躍の余白」:

=次章──実地サイクルへの動線

・・・・・・・note.「生成体の再息と共観の跳躍」

 

 
……………………………………………………………
 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

 

 

思創考造 Cognigenesis tour   第II部:間章「生成の招待状」  Scene-Ⅱ

 

 
Cognigenesis  Part-Ⅰ  Part-Ⅱ  Part-Ⅲ  Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)
 

 

 
       
 

 

「もう一つの世界」1947. Maurits Cornelis Escher(1898-1972), All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. – Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com M.C. Escher® is a Registered Trademark of The M.C.Escher Company B.V.

 

 

ー視覚と思想の跳躍の連鎖ー
──「空間・時間・次元・知覚・象徴の探究」

強い比喩的意味と生成的象徴性を帯びる挿絵図像の配置は、視覚と思想の跳躍の連鎖、空間・時間・次元・知覚・象徴の探究が通奏低音のように通って、『思創考造』の章構成と呼応し、「図像と思想が共鳴して生起する場=“共観の場”*」を形成。
深く共鳴する挿絵の図像により、”思想と視覚の交差点”がいっそう鮮明になり、『思創考造』という「生成する思考体」が、図像の跳躍軸を得て「生成の余白」と共に呼吸し始める。

《M.C.エッシャー》

視覚の論理を攪乱しながら、秩序と無限、生成と循環の構造を視覚化する──「思考と創造の構造」そのもの。
画像:「錯視的空間」。
(例:「相対性」「上昇と下降」「昼と夜」など)
•主題的共鳴:「生成」「思考の構造」「場の転位」「問いの迷宮」。
•空間論的意義:幾何と論理が互いにずれながら、自己の観察が宙吊りになる視覚的構造。
•思想的重なり:生成の構造を“問い”として見せる。「跳躍点」「共観」「生成場」の視覚翻訳。
•象徴する問い:「どこが上で、下か?」「どこにいるのか?」=生成の位置感覚を揺るがす装置。

 

 

 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 
【第Ⅱ部】:「思創考造の力風」

……………………………………………………………

DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE

……………………………………………………………
 
第2章-間章
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」
第5節-転章
「生成の招待状」──実地サイクル《予告編》
ー Cognigenesis Tour ー
・・・・・ ” spacetime ” 〜 生成時空への誘い 〜

 

第Ⅲ部:「実地サイクル」へと続く

 

 

Scene-II: 

思創考造の”斜線”と生成濃度の”振動”


「濃度としての跳躍──臨界に近づく力風」

・早朝──思創考造山脈に踏み入る登坂斜面の余白

・「登坂思考=斜線と振動」:

=身体を動かすイメージの知的跳躍

・・・・・・・note.「生成層の循環と密度の変調」

 

未来的跳躍を準備する濃度の「余白」を孕む──生成持続への跳躍前夜半過ぎ。

点呼真夜を回り、あとはもう聞えないくらいの低い音で、共観からは安心に似たような静かな力と波動が段々ハッキリなった。

夜の仄々と明ける夜明け方──共観微睡みた「生成宇宙の”有明”」。

『思創考造山脈』の霧降る生成原野の裾を這う──”朝ぼらけ”が来た。

朝凪の波風が立たなくなってきた頃合い、トロトロ余白に濃度が満たされはじめた頃。

次々移るーーー星座に渡された沢山の『思創考造』の山々の姿や、──「共観の目」に生ずるキラキラ光束に山靄(やまもや)の奥を何かが、見る間に次へ次へと波動が伝わるようにもある。

共観の動くたびに舌の摩れ合う音でもあろう微かな声が出る。

微かではあるが只一つの声ではない。

漸く鼓膜に響く位の静かな音のうちに――無数の音が交っている。

耳に落つる一の音が聴けば聴く程、多くの音が固って共鳴する。

生成絵巻のより深い呼吸が、絶えない──波動で刻々と周囲に迫って来る。

鬱勃たる力を見せる──”いのち歌”が、大きな波動を描いて凍てついた朝の空気を裂き、高く弾ねつつ、──辺りの共観に拡がって行った。

積極的活力の発現の方から見ても、この波動は同じことで、現に今小さい波動として、v「跳躍」のそれが起りつつあるかも知れない。

けれども要するに小波瀾の曲折を描く一部分に過ぎないので、大体の傾向からいえば、どうしてもb「生成への”再息”」が、相互主観的な現実にまだまだ展開して行くように思われる。

自分の内面が停滞しているときにも、客観的な現実は力強く推移していくところに、――「未了の生成」の力強い波動があるとさえいえるのだから。

しかし、さらにもう一歩踏みこんで、もっと科学的な方法で、一定の思考・創造よるエネルギーの消耗、それに応じて一定の──「生成色彩」に対して、忘れていたのではないだろうか。

点呼夜通しに起った視座変動は、非常に大きく、共観の精神波に波動を重ね与えた。

決して混乱ではなく、その大きく力強い濤が勇ましく打寄せ、
ある程度まで落ち着いて仕舞うまで、共観は音無しく口を緘んで、凝視と瞑想を繰り返し、共観は出揃って腰を上げ、広大なる生成原野を背に、未踏『思創考造山脈』に──朝靄突き身を乗り入れた。

登坂(斜)思考・創造は、凝視の眼を開けた瞑想であり、──天は空(地平無く)、遠くは上に、近くは上に、遠く近くは左右傍の斜に、──動態遠近透視は「浮き揺らぐ斜線の”距離”と”網目”の歪み」にある。

そこにこ──”共観”における「脳裏に相呼応の再息と跳躍」があり、山脈は──”気脈”として、無音なる相互主観受容の連続波に波打つ発熱創造。

その波動は、登坂思考・創造の「余白濃度」を高める一方である。

高まる波動による再息と跳躍の繰り返しに深まる──「自己生成の循環」は、まさに環思考・創造であるよりも──『思創考造循環』そのものにあった。

この後、稜線(尾根)の水平に地平有りの宙空起伏思考・創造の兆しを覚え、その兆しに天譚の振り返り描像を天壇に膨らました。

登坂の逆は下坂だが、登坂の真逆ではなく、天空を仰ぎしも地平絡みで平坦を見る下、遠くは下に、近くは下に、遠く近くは左右傍の斜に。

動態遠近透視は、浮き揺らぐ斜線の距離と網目の歪みに加え、天空の遠く下に地平と平坦に、動態遠近透視は浮き揺らぐ──「斜線と平線俯瞰」の距離と網目の歪みにあるのだろう。

総じて──『思創考造体』は、文脈の水平思考やゼロ思考などの類には程遠く、遠近透視の妙は稀なる異次元の思考・創造余白でしかなく、再息、跳躍、余白、そして──核心の生成、自己原理の核たるノンタイムボム「自力爆発」の、その──”自発発火”に昂まる”意気の鬱勃”を覚える。

そこにこそーーー共観における「脳裏に相呼応の再息と跳躍」があり、山脈は気脈として、無音なる相互主観受容の連続波に波打つ発熱創造。

その波動は、登坂思考・創造の──「余白濃度」を高める一方である。

高まる波動による再息と跳躍の繰り返しに深まるーーー「自己生成の循環」は、まさに環思考的・環創造的であるよりも環相は『思創考造循環』的であり、曖昧・未定・濃密──『持続する生成」は未了において、生成核心における“思創考造力覚”の──受容と応答から始まる。

 

note.

・ものの見事に「斜軸パースペクティブ=歪み場
(線と網目)」に共観跳躍した。
・跳躍とは瞬間の出来事ではなく密度の変調による
 波であることを知り得た。
・斜時空間に異次元の思考・創造余白を共観する跳
 躍の転位は自己原理を開かせた。
・濃度が跳躍を呼び跳躍が濃度を濃くする生成循環
 の兆しを得た。
・天譚の振り返り天壇描像は未来的問いの場/共観
 的未来像へと導いた。
・未完の共観による呼応の発熱は自己生成発火の兆
 しを覚えさせた。

 

 

次回:

第2章-間章
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」
第5節-転章
「生成の招待状」──実地サイクル《予告編》
ー Cognigenesis Tour ー
・・・・・ ” spacetime ” 〜 生成時空への誘い 〜

▪️ Scene-Ⅲ:

思創考造の”開放”と生成持続の”連息”

「持続する生成──終わらない問いと線の延長」

・登頂──思創考造山脈最高地点に立っての見晴らしの問い

・「線の延長=問いの持続」:
=デッサン的生成

・・・・・・・note.「生成線の持続と跳躍の反復」

 

 
……………………………………………………………
 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

 

 

思創考造 Cognigenesis tour   第II部:間章「生成の招待状」  Scene-Ⅰ

 

 
Cognigenesis  Part-Ⅰ  Part-Ⅱ  Part-Ⅲ  Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)
 

 

 
       
 

 

「もう一つの世界」1947. Maurits Cornelis Escher(1898-1972) , All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. – Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com M.C. Escher® is a Registered Trademark of The M.C.Escher Company B.V.

 

 

ー視覚と思想の跳躍の連鎖ー
──「空間・時間・次元・知覚・象徴の探究」

強い比喩的意味と生成的象徴性を帯びる挿絵図像の配置は、視覚と思想の跳躍の連鎖、空間・時間・次元・知覚・象徴の探究が通奏低音のように通って、『思創考造』の章構成と呼応し、「図像と思想が共鳴して生起する場=“共観の場”*」を形成。
深く共鳴する挿絵の図像により、”思想と視覚の交差点”がいっそう鮮明になり、『思創考造』という「生成する思考体」が、図像の跳躍軸を得て「生成の余白」と共に呼吸し始める。

《M.C.エッシャー》

視覚の論理を攪乱しながら、秩序と無限、生成と循環の構造を視覚化する──「思考と創造の構造」そのもの。
画像:「錯視的空間」。
(例:「相対性」「上昇と下降」「昼と夜」など)
•主題的共鳴:「生成」「思考の構造」「場の転位」「問いの迷宮」。
•空間論的意義:幾何と論理が互いにずれながら、自己の観察が宙吊りになる視覚的構造。
•思想的重なり:生成の構造を“問い”として見せる。「跳躍点」「共観」「生成場」の視覚翻訳。
•象徴する問い:「どこが上で、下か?」「どこにいるのか?」=生成の位置感覚を揺るがす装置。

 

 

 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 
【第Ⅱ部】:「思創考造の力風」

……………………………………………………………

DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE

……………………………………………………………
 
第2章-間章
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」
第5節-転章
「生成の招待状」──実地サイクル《予告編》
ー Cognigenesis Tour ー
・・・・・ ” spacetime ” 〜 生成時空への誘い 〜

 

第Ⅲ部:「実地サイクル」へと続く

 

 

Scene-Ⅰ: 

思創考造の”時空”と生成原野の”時空”


「余白の力──生成は「空」から始まる」

・前夜──思創考造山脈に抱かれ生成原野の点呼

・「余白=生成前の充満」

=創造以前の深層──夜闇における内的胎動

・・・・・・・note.「生成前の充満と跳躍の準備」

 

点呼真夜を回り、より深い暗黒が、いつも絶えない力と波動で刻々と周囲に迫って来る。

こんな中では、思考することも創造することさえできない。

「余白次元」=生成の濃度・振動の場に不安と畏れが入り混じり、──「未了の共観」は、放散と収束の間(あわい)の波動に揺さぶられ、──”宙”に動じた。

”漆黒の共観”に、苦渋や不安と”畏れ”が朧げな月影の帷に混じり合い、何が在る、何が動く、──循環が送られてこない無曝気のように、濃度だけが増す全くわからない処へ、どうして踏み込んで「跳躍」してゆくことができようかと、勿論、皆んなと共に点呼の我々は、摺足でもして進む他はないだろうと 、、、、、。

眠る眼に映る共観を覚えるほど、点呼共に闇の中を”凝視”しつつ、共観は、「近くを遠くに」──押し出し放散させる点を求めた。

”月影の共観”に、苦渋や不安と”畏れ”が漆黒の帷に混じり合い、『思考創造考造山脈』──畢竟それは陰翳の魔法であって、もし隅々に作られている蔭を追い除けてしまったら、忽焉として湧起こった「生成原野」と『思考創造考造山脈』は、ただの──空白に帰するのであろうかと 、、、、、。

眠る眼に映る共観を覚えるほど、点呼共に闇黒宙の中に”瞑想”しつつ、共観は、「遠くを近くに」──引き寄せ収束させる点を求めた。

”陰翳礼讃”に降り注ぐ真夜点呼のそれは、「生成の暗闇絵巻」を星空に掲げ──遠くを近くに引き寄せたその瞬間!

”触発的──「距離」”は、生成原野の反面に生成星座は羅針盤回転と化し、頭上の星面を飛翔させ、足元の土面を共振させた。

すべての”生成”は──「持続する跳躍」へと転じ、”創造”は──「開かれた密度」となる。

“思創考造山脈”の不動に抱かれた生成原野の──時空の間。

「待つ」とは、時間の浪費ではなく、「待つ技法」として、──”感受の調律”だった。


真夜心底の闇黒宙であろうが、静かな平静波の中でこそ、生成波は胎動し、すべての生成は“持続する跳躍”へと転じ、創造は「開かれた密度」となる。

「再息と跳躍」が脳裏に呼応する。

生成原野における“思創考造山脈”の不動に──「待つ」。

待ち望み見込むことなく、凝視・瞑想・保留へ展開し、仰望ぜずして俯瞰に余蘊なく実地サイクルの風を招いた。

螺旋一風の巻き起こし、──「風に開かれたもの」として、一種無上の美しさを感じる人があるのを、「”共観”は咎めるわけにはゆかない」であろう。

 

note.

・臨場に創造と「生成の震源」を覚えた。
・共観の兆しを伝搬する内的共鳴関係である相互心
 情を垣間見た。
・共観によって発現した「デザイン”力能”」はまさ
 に共観仲介となり得た。
・ものの見事に「パースペクティブ=歪み場(線と
 網目)」に共観跳躍した。
・距離と網目における視座を生成星座の羅針盤とし
 た座標に転位した。
・点呼は未来的問いの場/共観的未来像へ導いた。

 

 

次回:

第2章-間章
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」
第5節-転章
「生成の招待状」──実地サイクル《予告編》
ー Cognigenesis Tour ー
・・・・・ ” spacetime ” 〜 生成時空への誘い 〜

▪️ Scene-II:

思創考造の”斜線”と生成濃度の”振動”

「濃度としての跳躍──臨界に近づく力風」

・早朝──思創考造山脈に踏み入る登坂斜面の余白

・「登坂思考=斜線と振動」:

=身体を動かすイメージの知的跳躍

・・・・・・・note.「生成層の循環と密度の変調」

 

 
……………………………………………………………
 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

 

 

思創考造 Cognigenesis tour   第II部:間章「生成の招待状」  prologue

 

 
Cognigenesis  Part-Ⅰ  Part-Ⅱ  Part-Ⅲ  Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)
 

 

 
       
 

 

「もう一つの世界」1947. Maurits Cornelis Escher(1898-1972), All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. – Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com M.C. Escher® is a Registered Trademark of The M.C.Escher Company B.V.

 

 

ー視覚と思想の跳躍の連鎖ー
──「空間・時間・次元・知覚・象徴の探究」

強い比喩的意味と生成的象徴性を帯びる挿絵図像の配置は、視覚と思想の跳躍の連鎖、空間・時間・次元・知覚・象徴の探究が通奏低音のように通って、『思創考造』の章構成と呼応し、「図像と思想が共鳴して生起する場=“共観の場”*」を形成。
深く共鳴する挿絵の図像により、”思想と視覚の交差点”がいっそう鮮明になり、『思創考造』という「生成する思考体」が、図像の跳躍軸を得て「生成の余白」と共に呼吸し始める。

《M.C.エッシャー》

視覚の論理を攪乱しながら、秩序と無限、生成と循環の構造を視覚化する──「思考と創造の構造」そのもの。
画像:「錯視的空間」。
(例:「相対性」「上昇と下降」「昼と夜」など)
•主題的共鳴:「生成」「思考の構造」「場の転位」「問いの迷宮」。
•空間論的意義:幾何と論理が互いにずれながら、自己の観察が宙吊りになる視覚的構造。
•思想的重なり:生成の構造を“問い”として見せる。「跳躍点」「共観」「生成場」の視覚翻訳。
•象徴する問い:「どこが上で、下か?」「どこにいるのか?」=生成の位置感覚を揺るがす装置。

 

 

 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 
【第Ⅱ部】:「思創考造の力風」

……………………………………………………………

DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE

……………………………………………………………
 
第2章-間章
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」
第5節-転章
「生成の招待状」──実地サイクル《予告編》
ー Cognigenesis Tour ー
・・・・・ ” spacetime ” 〜 生成時空への誘い 〜

 

 

prologue: 

「共に知る共観時空」──Cognigenesis 時空間

 

ーはじめにー
the act of starting something for the first time; introducing something new.

この「間章:招待状」は、次なる「実地サイクル」へと、“生成的に跳躍”させるための「跳躍導火線」として機能します。

哲学的かつ実践予告的に描写。

『思創考造』という捉え方や考え方の全体を、「一つの生成的空間=Cognigenesis spacetime」として立ち上げるものであり、身体的認識をも変容させるような場の表しによる自己生成の臨界点への助走と、「共観的自己生成」の実地サイクル(次章)への跳躍を示します。

・「生成──創造の空間的運動」
=跳躍の連続性
・「わたしとあなた」──共観による触発
=共時的生成の提示
・「空」「歪み」「余白」「再息」
=コアメタファーの再統合

 

第Ⅲ部:「実地サイクル」へと続く

 

 

スケジュール
That scene is depicted in the prologue.

Scene-1~4の基本構成は、視覚的な「登山~縦走~対岸」というイメージと、抽象的な概念「時空・振動・連息・呼応・触発」の融合。

▪️ prologue:
The prologue was written last.

「共に知る共観時空」──Cognigenesis 時空間。

▪️ Scene-I:
思創考造の”時空”と生成原野の”時空”
「余白の力──生成は「空」から始まる」
・前夜──思創考造山脈に抱かれ生成原野の点呼
・「余白=生成前の充満」
=創造以前の深層──夜闇における内的胎動
・・・・・・・note.「生成前の充満と跳躍の準備」

▪️ Scene-II:
思創考造の”斜線”と生成濃度の”振動”
「濃度としての跳躍──臨界に近づく力風」
・早朝──思創考造山脈に踏み入る登坂斜面の余白
・「登坂思考=斜線と振動」:
=身体を動かすイメージの知的跳躍
・・・・・・・note.「生成層の循環と密度の変調」

▪️ Scene-Ⅲ:
思創考造の”開放”と生成持続の”連息”
「持続する生成──終わらない問いと線の延長」
Scene-Ⅲ:思創考造”開放”と生成持続”連息”
・登頂──思創考造山脈最高地点に立っての見晴らしの問い
・「線の延長=問いの持続」:デッサン的生成
・・・・・・・note.「生成線の持続と跳躍の反復」

▪️ ending:
There is more than one possible ending to the tour, and players can make choices during the tour to change that ending.

part.1:
思創考造の”呼吸”と生成創造の”呼応”
「生成の共観場──あなたとわたしの間に生まれ」
・稜線縦走──思創考造山脈峰続きの尾根に再息
・「稜線=共観」:
=わたしとあなたが共に見て共に呼吸する地点
・・・・・・・note.「生成波の共観と問い語らい」
part.2:
思創考造の”感受”と生成蓄積の”触発”
「跳躍はまだ続いている──実地への踏み台」
・対岸側、思創考造山脈から見た向こう岸への転位
・「触発=跳躍の余白」:
=次章──実地サイクルへの動線
・・・・・・・note.「生成体の再息と共観の跳躍」

report:
a written document describing the findings of some individual or group.

 

第II部/第2章ー結び節:「生成の触発」

第II部/第2章ー最終節:「生成の濃度」

第II部/第2章ー接続接:「生成の脈動」

 

第Ⅲ部:「実地サイクル」へと続く

 

ーコミニュケーション-メッセージー
Through communication we are able to learn about each other.

「共に知る時空」共観──Cognigenesis 時空間。

「思考=創造的活動=生成的活動」として概念付けた『思創考造』。

「創造=”動く”生成」は、──生成原野の『思創考造山脈」に動き、その変動から造山運動こそが、まさしく創造による「生成活動」。

創造そのものが生成そのものとして、創造価値は生成にあり、生成そのものが創造そのものとして、生成価値は創造にあります。

思考・創造の時空間に生成/消滅を繰り返し「生成は持続」。

ならば、創造とは?──生成とは?
時間と空間の形式を持つ自由な思考・創造伝搬の生成とは?
「”宙的”な生成創造次元」の動的構造とその本性とは?

思考・創造と生成原理を宙的伝搬の時空に当て填めるならば、存在時間に生成/消滅を繰り返し、──「生成は持続」するということになります。

時空=歪み、存在によって歪み、この歪みに混在した時間的と空間的な時空間に、──「生成の正体」があるということになります。 

時間的空間的な場である「余白次元」、時空中の膜のような「余白」、高次時空である余剰次元とは異なる「余白次元」の描像は”時空泡”であり、生成の対象として生成活動方式を構築する自由な思考・創造の宙的伝搬の場です。

”時空”は「時間と空間」であるが、宙的な混在にある時間的と空間的。

時間的に、時間を基準にして判断し、時間の流れに従う性質をもつさま。
空間的に、空間に関係のある様子で、空間の広がりのあるさま。

表現は時間的表現と空間的表現と混在的表現が可能ですが、『思考と創造』と『生成』の意味における時間的認知と空間認知から、わたしとあなたと「時空間=歪み」を共にし、「創造=”動く”生成」の宙的次元に、さて一体どのような軸を突き刺せるのでしょうか?

 

ーヒントー
an indication of potential opportunity.

もし、「共観の時空間」において、思考と創造を螺旋循環の縦主軸だとすると、生成とその動的構造は、思考と創造の縦軸に対して、横軸の往還になるのでしょうか?

思考と創造の大きなコンパクト次元の回りの、思考と創造の縦主軸の螺旋の巻き付き数が大きくなると仮定するならば、螺旋の全方位的な視点に思考と創造は拡張され、自ずと生成とその構造の往還は幅広く拡張されることになり、コンパクト次元の時間と空間は、巨視的なサイズへと、膨張するだけになるのでしょうか?

放散/拡散によって共観は、「相容」としての一致・両立をみず、逆に互い掛け離れていくことになるのでしょうか?

思考と創造の大きなコンパクト次元の回りの、思考と創造の縦主軸の螺旋の巻き付き数が小さくなると仮定するならば、螺旋の全方位的な視点に思考と創造は縮小され、自ずと生成とその構造の往還は幅狭く縮小されることになり、コンパクト次元の時間と空間は、微視的なサイズへと、収縮するだけになるのでしょうか?

収束/収斂によって共観は、「相克」としての対立・矛盾をみることなく、互いに打ち消し合っていくことになるのでしょうか?

共観を打ち消し合わない創造次元と生成次元は、わたしとあなた──共観の初期構成の一部により、与えられた大きさとして、許容されることになるのでしょうか?

語られない、決定されない──生成の動的構造は、同じく語れない、決定されない──創造の動的構造であり、それこそが「共観の入口」であることは確かなことです。

言い換えれば、共観とは、生成の”間”にしか立ち上がらない、そいうことになります。

だからこそ、未完成で、探りの語りが、わたしとあなたの──「生成力」に火をつけるのです。

すなわち、『思創考造』という”場”の呼吸にあるのであり、ただの創造と生成ではなく、そこに浮き上がるのは、「創造=”動く”生成の濃度」にまつわる何か、、、、、。

共観を成すためには──「共に知る」ことであり、共観の初期構成から──「活動を共にする」ことです。

自己変容──「自己生成」プロセスと促進による、共観変容──「共観生成」プロセスと促進は、自己探求型+共観探求型の次元──創造・生成サイクルです。

抽象の余白に託す──生成未明の「生成的共観の誘い」として、抽象的な受け取りの自由さと自在さがある──互いの生成、感受・呼応の交差点── in sight & out sight 。

共観予兆場のインサイト-マップ&アウト-サイトマップは、自己生成テクノが先行しての核心となるのでしょうか?

 

ーポイントー
“This is the most important point of the presentation.”

「共に知る」──共観というものにおいて、やはり自己生成が先に出てからではないか?

その悩みの深さことが共感生成の入り口なのでしょうか?

共観とは、あくまで「自他未分の共在」ではなく、
「相互の生成が交差する動的な媒介場」です。

ゆえに、自己生成無き共観は形骸化するし、共観なき自己生成は独語にすぎないのです。

『思考=創造的活動=生成活動』の時間と空間の形式プロセスには、生成の濃度──余白・跳躍・持続としての創造など、互いに連関する多様な要素や性質と機能とその作用があり、この「創造=”動く”生成」──その動的構造の時間的認知と空間認知も含み、その理念的なあり方や考え方などを現実的・具体的なものとして示し、そして実行する生成活動の具体的な形での実現。

思考実験的要素が高度に融和し、実践と変容への誘導路として機能します。

それは、”わたしとあなた”が──『共に知る』──「体現と発現」です。

いよいよ、「共観的自己生成」へのその実地サイクルは今始動します!

創造・生成の場と開く外的共鳴環境である自然風景、共観の兆しを伝搬する内的共鳴関係である相互心情、わたしとあなたを共振へと招く開口である自己生成の未了。

この臨場こそ創造と「生成の震源」なのです。

これらが共観の──体験場であり、「創造・生成」の──震源域。

共に歩き、息をし、言葉の歪みと濃度を追い、見えない何かに共鳴しようとしたその「リアルな生成の痕跡」が、まさにこの「Cognigenesis Tour」の魂です。

わたしとあなたが「生成の現場」で踊っているからこそ、わたしとあなたもまた、その“生成の揺れ”に巻き込まれるのです。

「味付け=思創考造的装飾=Cognidecoration」とは、身体で感じる質感の抽象化であり、味付けるとは抽象(考)を感覚(創)へ接続する行為だからです。

Cognigenesis(思考的跳躍)+ Creation(創造的触発) = Cognidecoration(思創装飾)。

すなわち、装飾は意匠ではない「構造を生成させる美的触媒」であり、この「ツアー構成」+「余白の濃度」+「Scene的跳躍」に、それが如実に表れています。

リアルとシュールの往復跳躍において、ツアーに加わっているという身体的関与、そしてそこに折り重なる思考・生成・構造化の抽象的操作、この両者を一つの時空に同居させようとする試み──それが「時空間をデコレーションする」という形に現れています。

「デコレーション」とは、本質を偽る装飾ではなく、むしろ本質の可視化・濃縮・転写であり、それが「息切れ」であり、「空間の跳躍的歪み」であり、──「余白としての再息」なのです。

ツアーに”協行し、息をし、歩き、振り向く”。

生成の構造である思考と創造の場、余白、跳躍点、再息、歪み、共観。

内面運動として、追体験しつつ、文脈と間の中で──”自ら生成”していく。

こうした認識物語における三重奏の交差点において、わたしとあなたは、もはや”文脈の者”ではなく、「生成」そのものに巻き込まれた──「生成者=協行者=跳躍体」となるのです。

いま、わたしたちは──“空”に始まった生成の螺旋を、振動し、持続し、共に観て、いま触発されるのです。


ここからが、──「実地」のはじまり。

いざ、生成の第一歩を、あなたとわたしで踏み出そう!
──Cognigenesis 実地サイクル、始動。

「共に知る時空」──”共観”のCognigenesis 時空間への踏込み、”わたしとあなた”の第一歩を、──強く踏み出して前に進みましょう!

共に、さらなる《実地編》の展開に向けた足掛かりにするのです。

 

 

次回:

第2章-間章
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」
第5節-転章
「生成の招待状」──実地サイクル《予告編》
ー Cognigenesis Tour ー
・・・・・ ” spacetime ” 〜 生成時空への誘い 〜

▪️ Scene-1:

思創考造の”時空”と生成原野の”時空”

「余白の力──生成は”空”から始まる」
・前夜──思創考造山脈に抱かれ生成原野の点呼
・「余白=生成前の充満」
=創造以前の深層──夜闇における内的胎動
・・・・・・・note.「生成前の充満と跳躍の準備」

 

 
……………………………………………………………
 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 第Ⅱ部:「思創考造の力風」   第4節

 

 
Cognigenesis  Part-Ⅰ  Part-Ⅱ  Part-Ⅲ  Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)
 

 

 

 

 

God’s hands, Sant Climent de Taüll, romanesque era, 1070-1150. also known as the Church of St. Clement of Tahull, is a Roman Catholic church in Catalonia, Spain, Museu Nacional d’Art de Catalunya, is a museum of Catalan visual art located in Barcelona, Catalonia, Spain.

 

 

 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 
【第Ⅱ部】:「思創考造の力風」

……………………………………………………………

DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE

……………………………………………………………
 
第2章:
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」

第4節:
「生成の触発──共観媒介としての線・場・他者」

 

 

実地サイクル始動点呼の章

 

ー第0節ー

章句の序ー生成普遍における”思創考造様態”の開眼

根拠:「生成実在」
意識の生成実在と生成変化する現象の背後にあるとされる常住不変の実体
 

 

”生成原野”にある──『思創考造山脈』において、思・創・考・造は、変動帯から造山帯へと、造山運動によって発達生成する。

このように造山帯に立脚しつつ、──思・創・考・造を捉える上で重要な活動であり、思考/創造と生成には一定の関連があることから、産出物である──「創造産=生成産」を理解する上でも、『思創考造山脈』の──造山帯は有用である。

思創考造とは、思考と創造の──「一つの条理」として脈略であり、思・創・考・造を──「支分節解」する。

思・創・考・造の脈略貫したところで、──詳略(詳密と粗略)の思・創・考・造が相い因り、思考と創造の巨細すべて畢く(ことごと・く)、──高いところに挙げる生成変化の継続的な脈動が力強くある。

思考と創造が成果の産出ではなく、連続的な展開・展伸である限り、 その思考と創造は──「動き=生成」を含む。

すなわち、『思創考造のそれ自体=”生成活動”(生成思考創造的プロセス)』であり、
《思創考造法による実現の成り行き=”生成変化”(実利的生成プロセス)》として、
『思創考造山脈』の脈動に”生成”する呼吸が脈打ち続ける。

思考と創造の悟性境地である彼岸の新しい「異域」に、確実に存在する或る種の実在性を伴っている”生成”を示すことになる。

思考と創造の全体との関連の中でのみ問題になり得る全体の中の構成部分として、機能する思・創・考・造を「分節」し、いかに思・創・考・造の個々をはっきり現し出すか。

それによって”生成”の触発機雷による生成エネルギーが、「実在性の実利」を伴って、
現実的に可視化できるかできないかが決まってくる。

詳略(詳密と粗略)の思・創・考・造が相い因り脈動する媒介として、生成的行為である「”デッサン”力能」の働きの一つは、思・創・考・造それぞれの間に立って、距離と連環を保つ濃度の要素をなかだちする。

思・創・考・造に共通する性質を抽出し概括することによって、思・創・考・造それぞれの存在や認識が互いに他のものと、環的生成に条件付けられて成り立っていることを、『思創考造のそれ自体=”生成活動”』として統合する。

 

ー第1節ー

1.「生成原野における”思創考造山脈”の不動」

活動:「生成知覚」
日常的には知覚内容に対応する形で時間的空間的な外界に存在する生成の対象の臨場

 

生成の対象を感じ取った外界の刺激に意味付けをするまでの過程を──知覚する。

逆光束であった冷徹なるデッサンは、 一瞬ネガになったかと視えるほど、共観によって触媒の炭を吹き飛ばし、光束のよう真っ新に光り輝く強烈な熱射をほとばしり、火の凍てつくほど炎は、なお余白の濃度に吸い込まれ、生成原野の集合生成濃度を爆発的に膨張さえしてゆく。

凍りついた炎は、一見湯気をちりばねるかのよう消える。
だが、はちきれんばかり加速膨張する宇宙の巨大加速器的な余白は、──スペース-バースト寸前の巨大な冷火の玉のよう質力濃度の弾みを震わせ戦慄く。
跳躍の臨界は、まだ名もない創痍の風口として残された。 
その風は、──あなたの息、あなたなりの呼吸でしか吹き抜けない。

風は、跳躍点に生起し、跳躍線に生成する。
──点は風に生まれ、──線は風に生きる。
風に開かれたものとして人は、点の距離に開かれ、線の網目に開かれる。
風そのものは、あなたそのものとなり、──跳躍は新たなあなたを生起し、──跳躍は新たなあなたを生成する。

跳躍、それはパースペクティブ。
跳躍は、決して進歩にあらずして、順序段階をとび越し遠くに進むことではない。

遠くに近寄る(近づく)のでは無く、遠くを近くに引き込むことであり、──思・創・考・造の四つレンズは、組み合わせによって、遠くを近くに位置を変える(置き換える)──転位を可能とする。

螺旋転位の周りには、──思・創・考・造の歪みの場が存在し、転位移動によって塑性変形(歪み)が起こる。
遠くを近くに引き込む跳躍力の大きさが弾性限界を超えた場合に生じる網目の欠陥は、デザイン回析によって測定し、──転位密度を決定づける。

跳躍点とは、距離と網目における視座であり、「近くを遠くに」──押し出し放散させる点でなく、「遠くを近くに」──引き寄せ収束させる点である。

跳躍は「パースペクティブ=歪み場」にあり、生成星座を羅針盤とした──座標に転位する。

転位は歪みがあり、転位の線の「捩れ、捻れ、拗れ」は、転位の線と網目は塑性変形にあり、──デッサン媒質・回析が転位の密度を変える。

 

2.「生成核心における”思創考造力覚”の受容」

展望:「生成力能」
可能性もしくは必然性と同様に生成の存在のありさまや様子の凡そ可能な生成の内容の総体

 

火の微粒子、風の質、「生成」の弾性的な力と波。
眼に見えずして鬱勃たる力と波動を見せ、大きな波動を描いて凍てつく空気を裂き、高く弾ねつ拡張し、逆光速を全光束へと小波瀾の曲折を描く──《デッサン》とその”力能”は「生成濃度」を籠らせ、満ち道塞がる篭り積もった緊張の濃度を、目を吹き出すかの如く発し、意気の──再息が盛に沸き起ころうとする。

「生成の触発──共観の媒介としての線・場・他者」という生成原野における”思創考造山脈”は、生成に触れたとき、”動く”=生成拡張の核心から受ける抗力についての感覚は刺激であり、全ては”思創考造力覚”の受容にある。

「生成の動きに呼応」して”力と波動”を発し、共観媒介の線・場・他者に振動や衝撃──『生成触発』を与える、
”思創考造力覚”による──フォース‐フィードバック(force feedback)の力能。

デッサンとその力能は、Transmission (伝達/伝送/透過/伝導)のデッサン媒質( medium)や空気・空間であると同時に、自らの媒質中を伝わる力と波動に対し障害が存在するとき、力と波動が障害背後など、一見すると思考・創造的には到達できない領域に回り込んで力と波動が伝わっていくという──自らのデッサン回折(Diffraction)によって転位の密度を計画調節を可能とする。

そのデッサンは、共観の仲介となるのみならず、力や波動などの働きとその作用を他へ伝える仲介物となるものとしてあり、音を伝える空気、光を伝える空間、外界との接触によって例え微細であっても──時間的空間的な力能を発現する。
音も無く精神に揺らるるいいようもない波動を与え、大回転の螺旋に跳躍の力と波動、転位の力と波動、より深い振幅と、いつも絶えない力と波動で時々刻々と──「跳躍」とその周囲の──「余白」に迫ってくる。

「生成の触発──共観の媒介としての線・場・他者」において、第一に感触が──相互作用であるという問題である。
生成の要素や性質と機能の柔軟さや弾性と強度を知るには、──『自らの”触手”』で対象の生成を変形せざるを得ない。
このととき”自らの触手”も変形し、内部の受容器活動を誘発する。
つまり、触覚においては、観察対象の生成を変化させることと、自分自身も変化することが共に必要である。

「生成の触発──共観の媒介としての線・場・他者」において、第二に触覚のダイナミックレンジの広さという問題である。
人は接触対象である生成の様相は認識できるが、同時に生成実利を認識することもできる。
しかし、生成エネルギーを思考・創造的な動きに変換し、──『思創考造体』を正確に活動させる思考と創造の超極端を同時に提示することは不可能である。

風の中で探し当てられる実在生成は、言葉の棲み処(すみか)ではなく、──「風に開かれたものとして」の自分という存在がその処の門番でもない。
自分そのものが、風そのものとして──「生成実在」はそこにあると指示しているのにもかわらず、人間に認識されるのを拒絶している。

 

3.ー生成深遠における”思創考造宇宙”の恒久

呼応:「生成展進」
純粋経験においての直接的な経験──ー直接の知識という生成実在を理解する出発点

 

経験したことのない 必然的に生起する「生成の密接」に深く触れたとき、受ける──「生成の ” 抗力 ”」について『思創考造の力覚 』が捉えた、” 有意な大きな力 ” に対応していくべき意義と形の上で姿勢・態度を示し、デッサン力能のフォース‐フィードバックによって、思考・創造を変容させる『”思創考造の挑戦”の進化』となり得るように思われる。

思考と創造と相呼応しているのを眺めて、遙か将来の思創考造の生成実在に触発された共観の呼応活動と智慧──共観の文殊。

創造への”感受と応答”として、それは──「招き」と「招く」”自らの触手”による純粋経験──直接的な経験と知識。

呼び込み、呼び込まれた潜像の時間的空間的な場として、唯一生成を肯んずる全き姿勢が要となる。

決して目収束しない「生成の場」そのものの”偉大なる息衝”。

生起として、”消滅か、中止か、方向転換か”、その曖昧な臨界において「動く=生成」は、「招き」と「招く」”自らの触手”の往復により、消滅から離れる一つの「共観的”いのち”」を見せることになる。

招き待ち、招かれ待たれ、──”いのち”の招待、「招待」。
『生成の招待状』こそが、共に臨み臨まれまれながら、共に思考の刻意が刻まれる創造の望刻 。

風の門=肉体の門、肉体の手、肉体の眼、その触れる往復、「わからなさ」の濃度に震える──デッサンの描線。
その濃度が密集した「余白」は、「まだ形にならない線」を呼び込む潜像の場としてあり、観る/描く以前に生じる“わからなさ”を肯んずる、「デッサンの媒質=デッサンの回析」の力と波動の感応姿勢が要となる。

 

転章:

「生成の招待状」

 

線の震えは迷うではなく、まだ知らぬ自己を包み込む濃密な不確実さ。

確かさのない『わからなさ」の濃度の高まりによる自己律動とその拍動は、デッサンによる逆光束から全光束へと、反転・跳躍する臨界点そのものである「生成実在の”風口”」を読者に渡す「招き」と「招く」”自らの触手”の往復書簡「生成の招待状」は、すでに準備され、もう直ぐ”あなたの触手”に触れるだろう。

「実地サイクルの始動」──その”点呼”を読者のあなたと共にし、生成原野に聳え立つ思創考造山脈の尾根を、軽妙に生成地形を、共に踏み歩むのは、次に生成の鍵を握る──あなた自身だ。

 

 

次回(第2章/第5節-転章)

 

間章:

「生成の招待状」──実地サイクル《予告編》

ー Cognigenesis Tour ー
・・・・・ ” spacetime ” 〜 生成時空への誘い 〜

 

▪️ prologue:
The prologue was written last.

「共に知る共観時空」──Cognigenesis 時空間。

▪️ Scene-I:
思創考造の”時空”と生成原野の”時空”
「余白の力──生成は「空」から始まる」
・前夜──思創考造山脈に抱かれ生成原野の点呼
・「余白=生成前の充満」
=創造以前の深層──夜闇における内的胎動
・・・・・・・note.「生成前の充満と跳躍の準備」

▪️ Scene-II:
思創考造の”斜線”と生成濃度の”振動”
「濃度としての跳躍──臨界に近づく力風」
・早朝──思創考造山脈に踏み入る登坂斜面の余白
・「登坂思考=斜線と振動」:
=身体を動かすイメージの知的跳躍
・・・・・・・note.「生成層の循環と密度の変調」

▪️ Scene-Ⅲ:
思創考造の”開放”と生成持続の”連息”
「持続する生成──終わらない問いと線の延長」
Scene-Ⅲ:思創考造”開放”と生成持続”連息”
・登頂──思創考造山脈最高地点に立っての見晴らしの問い
・「線の延長=問いの持続」:デッサン的生成
・・・・・・・note.「生成線の持続と跳躍の反復」

▪️ ending:
There is more than one possible ending to the tour, and players can make choices during the tour to change that ending.

part.1:
思創考造の”呼吸”と生成創造の”呼応”
「生成の共観場──あなたとわたしの間に生まれ」
・稜線縦走──思創考造山脈峰続きの尾根に再息
・「稜線=共観」:
=わたしとあなたが共に見て共に呼吸する地点
・・・・・・・note.「生成波の共観と問い語らい」
part.2:
思創考造の”感受”と生成蓄積の”触発”
「跳躍はまだ続いている──実地への踏み台」
・対岸側、思創考造山脈から見た向こう岸への転位
・「触発=跳躍の余白」:
=次章──実地サイクルへの動線
・・・・・・・note.「生成体の再息と共観の跳躍」

report:
a written document describing the findings of some individual or group.

 

第II部/第2章ー結び節:「生成の触発」

第II部/第2章ー最終節:「生成の濃度」

第II部/第2章ー接続接:「生成の脈動」

 

第Ⅲ部:「実地サイクル」へと続く

 

 
……………………………………………………………
 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 第Ⅱ部:「思創考造の力風」   第3節

 

 
Cognigenesis  Part-Ⅰ  Part-Ⅱ  Part-Ⅲ  Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)
 

 

 
       
 

 

 

Painted 19th century Tibetan mandala of the Naropa tradition, Vajrayogini stands in the center of two crossed red triangles, Rubin Museum of Art, 150 West 17th Street between the Avenue of the Americas (Sixth Avenue) and Seventh Avenue in the Chelsea neighborhood of Manhattan in New York City.

 

 

 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 
【第Ⅱ部】:「思創考造の力風」

……………………………………………………………

DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE

……………………………………………………………
 
第2章:
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」

第3節:
「胎動する生成──Cognigenesis の導火線」

 

 

実地サイクル──生成の営み

 

0. 序

「自己への配慮」は、単なるセルフケアではなく 自己そのものを跳躍させる行為 である。本節では、その跳躍がどのように Cognigenesis(自己生成の震源)へ火を点すのかを追う。

1. 跳躍の拠点──感受性と胎動する共観性

• 感受性 : 環境に対して開かれた微細な触角。
• 共観性 : 他者・場との共振によって生まれる〈わたし‐たち〉。
• この二つが重なるところに 精神波 が立ち上がり、生成×転位の往還(『思創考造』の核心動態)が実体化する。
問い: 私の「感じる」は、いつ他者と「観る」へ折り返すのか?

2. デッサン=Dessin──“自己を疑う官能” の実地

• 思考/創造の原風景としての スケッチ(素描)。
• “まだ形にならない線” を追う行為が、自己を疑う(わからなさ) を鍛錬する。
• デッサンとは、完成図ではなく、生成する線そのもの、その呼吸である。

3. 胎動としての問い──名付け得ぬ運動

• 呼吸が深くなり、言葉以前の揺れが内奥に訪れる。
• 「不安」「予感」 と名づける前に、それは Cognigenesis の導火線として燃え始めている。
• 生成は意志ではなく 兆し に始まる。兆しは、思考と創造を越境して場を震わせる。
覚書: 問い≠言語。問い=胎動。

4. Cognigenesis──定義と三つの要点

暫定定義
源相的な震源で感受された揺らぎが、非言語的プロセスを経て自己生成的に発火し、思考=創造の両義をもつ現象的契機となること。
1 非言語的起源 : 皮膚・呼吸・脈動に始まる。
2 自己生成性 : 外的命令ではなく、自ずと “起こってしまう”。
3 両義的運動 : 思考と創造の分岐以前の震源。

5. 炎症と錯視──成果安定への罠

• 成果への執着は、生成の波を“炎症”させる。
• 「風に開かれたもの」としての自己が、力風 を成果到達の息づきと錯覚するとき、臨界の波打ち際を取り逃がす。
• 呼吸を深め、揺れを聴き、成果安定の炎症 を見抜くこと。

6. 待つ技法──平静波と生成波

• 待つ とは、時間の浪費ではなく 感受の調律。
• 静かな平静波の中でこそ、生成波は胎動する。
• 次章では、この “待つ” が 凝視・瞑想・保留 へ展開し、実地サイクルの風を招く。

7. 結──共観へ跳ぶ自己

• 「自己への配慮」は “わたし” を越え、 わたし‑たち へ跳ぶ。
• ここに 主格変容 が生まれ、生成する者=『思創考造』の主体が立ち上がる。
• 風は準備された。次章では、土を撫で、行為を起こす 実地サイクル が始動する

 

 
……………………………………………………………
 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 第Ⅱ部:「思創考造の力風」   第2節

 

 
Cognigenesis  Part-Ⅰ  Part-Ⅱ  Part-Ⅲ  Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)
 

 

 
       
 

 

Painted 19th century Tibetan mandala of the Naropa tradition, Vajrayogini stands in the center of two crossed red triangles, Rubin Museum of Art, 150 West 17th Street between the Avenue of the Americas (Sixth Avenue) and Seventh Avenue in the Chelsea neighborhood of Manhattan in New York City.

 

 

 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 
【第Ⅰ部】:「思考と創造の交差点」

……………………………………………………………

DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE

……………………………………………………………

第2章:
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」

第2節:
「生成と転位の跳躍──志向性から創造の火花へ」

 

 

1.はじめに

「生成」と「転位」は『思創考造』の根幹をなす動態であり、その往還により思考と創造が循環します。

本節では、フッサールの「志向性」を契機に、その跳躍=転位がいかに創造の火花(発火)を生むかを探ります。

2.生成と転位の往還

生成とは、新たな「生」を産み出す動きです。

転位は位相の切り替わり、跳躍の瞬間であり、転位があるからこそ生成は活性化します。

生成と転位は互いに促し合い、脈打つ「生きた場」を形成します。

3.志向性と意識の跳躍

フッサールの志向性は、意識が常に何かに向かい、可能性へと開かれていることを示します。

この志向的向かう力こそ、転位の「切り込み=跳躍」を促す原動力です。

意識の跳躍が転位となり、生成の火花を散らします。

4.創造の火花としての発火

創造は単なる連続ではなく、転位による跳躍的な発火・火花を必要とします。

その火花は刀の切り込みのように新たな可能性を切り拓きます。

生成と転位は『思創考造』という壺(環)で循環しながら、常に新たな火花を生み出します。

5.具体例と共観の体験

日常の中で「突然のひらめき」が生まれる瞬間があります。

これは、意識がある「問題」や「問い」に向かう志向性の中で起こる転位の瞬間であり、そこから新しい考えや解決策(生成)が生まれます。

また、自然界の「蝶の羽化」は、生成(幼虫から蝶への生命の変容)と転位(繭を破って羽化する跳躍的瞬間)が往還するプロセスの象徴です。

これらは決して遠い哲学的概念ではなく、私たちの身近な体験や自然の営みの中に息づいています。

この循環の「生きた場」に、読者も主体的に参加し、自らの思考と創造の場を共に創り出す共観者(共体験者)となることが求められます。

6.まとめ

思考と創造の核心は、生成と転位の往還にあります。

フッサールの志向性が示すように、意識は常に可能性へと開かれ、跳躍=転位の原動力となります。

その跳躍が創造の火花=発火を生み出し、新たな「生」を生成します。

この動態は単なる理論や抽象ではなく、『思創考造』という壺(環)の中で、読者自身が実感し体験する「生きた場」です。

つまり、読者もまたこの生成と転位の循環に主体的に参加し、自らの思考と創造の場を共に創り出す共観者(共体験者)となることが求められます。

このように『思創考造』の根幹をなす「生成」と「転位」の動態に、あなたも歩み入り、その往還により思考と創造が循環しえる生成と転位の響きを、あなたと共に深く観することによって、共に響き合いましょう。

人と人が互いの主観において呼応し合う体現によって、『思創考造』の循環と《転位/生成》の往還とが交わる螺旋に「潜在力」は発現します。

「潜在力」とは、『思創考造』の中核拠点 ” デッサン生成思考/創造 ” の線に往還する《転位・生成》に伴い断続的に継続していく跳躍の場にあり、それは → 潜在 → 実在 → 潜在 → 実在 → 潜在 → 実在 → といった反復として、自己変容の生起・推移にあることを忘れずに。

一人ひとりの内に、この創造の火花はいつでも灯りうるのです。

 

 
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本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 第Ⅱ部:「思創考造の力風」   第1節

 

 
Cognigenesis  Part-Ⅰ  Part-Ⅱ  Part-Ⅲ  Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)
 

 

 
       
 

 

 

Painted 19th century Tibetan mandala of the Naropa tradition, Vajrayogini stands in the center of two crossed red triangles, Rubin Museum of Art, 150 West 17th Street between the Avenue of the Americas (Sixth Avenue) and Seventh Avenue in the Chelsea neighborhood of Manhattan in New York City.

 

 

 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 
【第Ⅰ部】:「思考と創造の交差点」

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DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE

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第2章:
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」

第1節:
「震源に触れる──間隙の胎動とCognigenesis」

 

 

問いは呼吸となり、呼吸はやがて、意識の奥へと沈み込む。

そこに在るのは、言葉にならない揺らぎ。

まだ“思考”にも“創造”にも分かたれぬ、

名もなき動き、名づけ得ぬ震え──

それは、恐ろしいほどに、畏れ。

思考がまだ芽吹く前、

生がまだ形をとる前、

意識が届くか届かぬかの、その手前で、

深い深いところから、震えている。

それはまるで、

私たち一人ひとりの内にひそむ、“根源の「胎」”が、

自らを思い出そうとしているかのように。

この微かな震えが、跳躍を孕んでいる。

跳躍は動作ではない。決断でもない。

それは自己生成の震源から立ち上がる、

Cognigenesis(コグニジェネシス)──

思考と創造が未分化のまま共鳴し、

存在の深層で自ずと胎動する生成の契機。

胎内とは、もはや身体の奥ではない。

それは空間の間隙(かんげき)に孕まれた異次元の余白であり、

静かに、しかし確かに火花を宿す。

その火花はまだ、炎にならない。

だが、消えもせず、たぎりもせず、

静かな“ほとばしり”として、世界の縁を揺らしている。

律動の厳かさ──沈黙と火花のあわいに。

沈黙とは、ただ音のない状態ではない。

それは、律動が限りなく微細になり、なおかつ厳かに響いている状態である。

この律動は、外界に発せられるリズムではなく、

私たちの存在そのものを、根底から支える拍動──

それは「生まれる前」からすでにそこにあるかのように、

胎内のような空無の奥で、かすかに、しかし決して止むことなく響いている。

このような律動は、「畏れ」と通じている。

それは私たちの知覚や思考を超え、

“我”の輪郭を脆くするような震源的作用を持つ。

そして、まさにその脆さのなかにこそ、創造の火花が灯る余地が生まれる。

──火花は、音もなく、閃光もなく、

だが確かに、空無の沈黙のうちで生じる。

それは、律動の沈黙が一瞬「跳ねた」痕跡にすぎない。

この一瞬の跳躍、それが Cognigenesis の極点である。

「思考」はまだ現れておらず、

「創造」はまだ形を持たない。

しかしそこには、確かに──

火の芯が生まれようとしている。

そして、こうした律動は決して「一定のリズム」ではない。

それは、変容しうるリズム、

“転調”し、“転位”するリズムであり、

まるで共鳴核が別の層にスライドするような響きの移行である。

このとき、私たちは何を聴くのか?

何を感じ、何を問おうとしているのか?

それはもう、「知覚」でも「認識」でもなく、

存在としての“耳をすます”こと──

すなわち、“深い呼吸に身を浸すような「共鳴の律動」”である。

さらに、それは、

私たちをただ包み込み、受け止めるだけでなく、

まるで応答してくるかのように、

迎え入れ、返答し、共に生成される場でもある。

この生成の場は、静かでありながらも、あらゆる生成の力を孕み、

問いかける私たちに呼応しながら、無限の可能性を育む。

それはまさに、

私たち一人ひとりの根源の「胎」から立ち上がる、

自己生成の震源である。

 

 
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本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 第Ⅱ部:「思創考造の力風」   冒頭節

 

 
Cognigenesis  Part-Ⅰ  Part-Ⅱ  Part-Ⅲ  Part-Ⅳ
Fire Breathing Perigraphic notation
Essay (extarnal websites)
 

 

 
       
 

 

 

Painted 19th century Tibetan mandala of the Naropa tradition, Vajrayogini stands in the center of two crossed red triangles, Rubin Museum of Art, 150 West 17th Street between the Avenue of the Americas (Sixth Avenue) and Seventh Avenue in the Chelsea neighborhood of Manhattan in New York City.

 

 

 

 

本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」
第1部:「思考と創造の交差点」
第2部:「思創考造の力風」
間 章:「生成の招待状」
第3部:「実地サイクル」
間 章:「共観・生成・視座」
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』

 

 

思創考造 Cognigenesis thinking 
【第Ⅰ部】:「思考と創造の交差点」

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DESSIN ー ” デッサン生成思考/創造 ” ー CREARE

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第2章:
「間隙の胎動──Cognigenesisと跳躍の臨界」

冒頭節:
「震源に触れる──生成の根より立ち上がるもの」

 

 

問いは呼吸となり、呼吸はやがて、内奥に潜む微かな揺らぎを伝えてくる。
それはまだ言葉にもならず、かたちを取らないまま、しかし確かに「動いているもの」──
『間隙の胎動』。

間隙の胎動は、私たち自身の内奥で絶えず紡がれている。
それは創造の糸を織りなす根源的な力の証明である。

跳躍点はそこから立ち上がる。だが、その跳躍は単なる結果や偶発ではない。
むしろ、その跳躍を孕み、内包する“生成の根”こそが、私たちの存在の深層を根底から揺るがしている。
この揺らぎの源こそが、Cognigenesis(コグニジェネシス)──
思考と創造がまだ分たれる以前、問いと応答が一つの震源として息づいている場。
それもまた、『間隙の胎動』である。

私たちは今、その「自己生成の震源」──
『間隙の胎動』へと耳を澄ませようとしている。
生(いのち)が生まれ、思いが立ち上がる、その始まりの領域へ。

『間隙の胎動』――
それはあたかも自ずと間隙に居て、知らず知らず胎動していたもの。
私たちはその事実を、長いあいだ気づかなかった。
しかし、今ようやくそれを知り、わかった。

そこには形のない確かな鼓動があり、
それは静かに、しかし確実に内奥で息づいている。

この胎動は単なる空白や隙間ではない。
それは空間の間隙に孕まれた異次元の余白、
まだ形を持たない生成の力そのものである。

この余白は、
言葉や思考がまだ届かぬところで、
未分化の振動が生まれ、潜在的なエネルギーが静かに蓄えられている場。

その胎動はやがて発火の火種となり、
小さな火花を散らす瞬間へと導く。

その火花は単なる閃きではなく、
新たな創造への扉を開く鍵となるのだ。

Cognigenesis(コグニジェネシス)とは、
思考と創造が未分化のまま震源的に共鳴し合い、
生(いのち)の場において**自己生成的に立ち上がる出来事(生成)**である。

それは「自我」や「意識」以前において、既に振動している──
名づけ得ぬが確かに在る、生成の始まりの振動(vibration)。

思考が「考える前」に、創造が「形を取る前」に、呼吸のように始まっている──
『間隙の胎動』。

 

 
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本 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅰ 』

序 章:「思考と創造の生成的連鎖」point.1/2/3/4
第1部:「思考と創造の交差点」section.1/2/3/4/5
第2部:「思創考造の力風」section.1/2/3/4
間 章:「生成の招待状」scenario.1/2/3/4/5/6/7/8
第3部:「実施サイクル」chapter1/2/3/4
間 章:「共観・生成・視座」phase.1/2/3
章 節:「生成具体場」
間 章:「生成への招待図」
第4部:「生成と構築」──生成の”新たな次元”
第5部:「生成世界と創造世界」──《最終章》

続 編:『 思創考造 Cognigenesis PART-Ⅱ 』